第77話「午前授業」
「空くんおはよう」
「......? あぁ、おはよう」
俺は一瞬だけ驚いた表情をしてしまったが、挨拶は誰にでもするものだから俺にしても不思議はない。俺は凜のあいさつに努めて明るく返事をする。
球技大会からというもの、隣にいるのも気まずい関係だったように思うのだが、こうして明るく挨拶してくれるというのは久しぶりでそれだけで俺の心は高鳴ってしまう。
凜はいつになく笑みを浮かべながら、自分の椅子を引いて、腰を下ろした。
それはいつも通りの動作なのだろう。だが久しぶりに凜が話しかけてくれたということや、俺が今日、告白をするためにメールを送っていたり、気持ちが高ぶっているから一挙動にいちいち反応してしまう。
「今日はテストがいっぱいだね~。小テストだからって手は抜いたらダメだからね? 空くんの学力だと中間期末で取り返せるわけないから」
「朝から結構辛辣な忠告をどうも。昨日はどうにも寝付けなくてそのときにテスト勉強してたからたぶん大丈夫」
「寝る前にブルーライトでも浴びたの?」
「いや、そういう外的要因じゃないよ。ただ考え事が上手くまとまらなくて......。あ、昨日のメールのことだけど」
「待って、今ここで言うの?!」
「放課後、でいいかな?」
俺がお伺いを立てると、凜は途中で何か叫んでいたように思うが、きょとんとした表情を見せた後に、こくこくと頷いた。
教室内では絶対に言わない。それは俺が昨日悶々としながらも決めていたことだ。
今日の学校生活はいつも通りに至って普通に過ごす。そして放課後になって一気に決める。
「何話すのかは教えてくれないの?」
「まぁ、ここで話せることじゃないかな」
「そう......」
凜が悲しそうな表情を見せるので少し罪悪感。
俺が何か声をかけようとしたときに、凜はぱっと顔をあげた。
「じゃあ放課後を楽しみに待っとくね。......ねぇ、今日の授業がある先生は何しても怒らない先生よね」
「? まぁそうだな。テストの点数さえ取っておけば何も言わないって最初に言っていたし」
時々目をつけられているように思うのは俺がテストの点数をとれていないから。だが優等生である凜がいきなりそんなことを言うのはなぜだろう。
もしかしてその授業の間に俺に勉強を教えてくれるのだろうか。基本的に勉強に関することであればノータッチの先生なので楽しくおしゃべりをしているのでなければ強く注意されることはない。
「じゃあちょっと私としりとりしようよ」
「しりとり?」
「そう。私のルーズリーフを一枚使って文字でも絵でもいいから口に出さずにしりとりしていくの。もちろん言葉の最後に「ん」がついた方の負け。もちろん笑っても負け」
「笑っても負け? 厳しいな」
「そうかな。授業中にするから休憩時間みたいに笑うと流石に怒られそうだし」
「確かに。......まぁしりとりするぐらいならいいけど、凜が授業中に遊ぼうとするなんて珍しいな」
「べ、べつにそういう気分だからであって、普段からしたいなぁとは思ってたし。......いや、タイムこれは違うくて、あの」
ひとりでテンパっている凜。
言いたいことはわかったし、考えているような言葉の裏をかくようなことはするつもりがないので、大丈夫なのだが凜はあわあわと狼狽えている。
「落ち着け。俺はいつもと様子が違うから気になっただけだ」
「いつもと様子が変なのかな......。いつも通りにしようと思ってたんだけどな」
「わざわざいつも通りにする必要はないと思うぞ。......まぁしりとりしたくなる日もあるよな」
俺はチャイムが鳴るのを聞きながら凜からルーズリーフを一枚もらう。先手は俺らしい。先生が入ってくるのを流し目で確認しながらいつも通りの先生だから勝手にしゃべって終わるなという簡単な予測を立てる。
まずは無難にリンゴの絵をかいていく。
授業中に話すのは流石にアウトなので必死に口を押えながら凜に紙を渡す。
しばらくしてから強そうなゴリラの絵が返ってきた。丁寧に「ウホ」と吹き出しで鳴き声まで付け加えられている。
俺を笑わせたいのだろう。だがそうそう簡単に負けてやるわけにもいかない。
フタコブラクダをかいて渡す。あまり絵心のない俺は特徴的なシルエットをしているものしか描けない。
しばらくして憤怒の形相をした達磨の絵が返ってきた。
凜はとても絵心があるようで俺は一瞬でそれが何を表しているのかを当てることができた。だが、あまりにリアルすぎて達磨は少し怖い。
達磨にマントをかけて凜に返す。マントだけをかくとただの布切れになってしまいそうだったからだ。
そんな感じでしばらく続けていると、俺と凜はだんだんと熱中していたらしく始めは授業を片耳で聞きながらだったのだが、もう完全に蚊帳の外に放り出してしりとりを考えていた。
そして俺の番。
頭文字は「あ」。少し熱くなったので、俺は棒アイスをかいて彼女に渡した。
すると凜が秒で返してくる。どうやら絵ではなく文字で書いたようだ。それをよくよく見ようとして俺は完全に固まった。
「えっ......?」
思わず声がこぼれる。なぜならそこには「スキ」と書かれていたからだ。
思わずぎょっとして目を見開く。
その俺の様子に異変を感じた凜は紙を覗き込んで、大して慌てた様子もなく、伸ばし棒を付けた。
「伸ばし棒付けるの忘れてた。......でも声を出したから空くんの負けね」
してやったりと笑みを浮かべる凜に俺は完全にやられた、と思った。
凜が恥ずかしい時にみせる癖を完全に見逃しながら。
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