第72話「私の彼氏は偽彼氏」
私の彼氏は偽彼氏。最初はそれでいいと思った。
知らない人に告白されるぐらい気持ちの悪いことはなかったし、正直私の瞳に映る異性は私の隣に座っている人しかいなかった。
でもその人はいつも我関せずとばかりにどこかそっぽを向いたり、爆睡したりとまるで私と住んでいる世界が違っているかのよう。
隔絶されたような気がしてならなかった。
席は隣のはずなのに、その距離は教室の端から端以上に遠いように感じていた。
私はそこで強引に彼を巻き込むことにした。彼には悪いことをしたなと思っている。もっと他にいろいろと手はあったように思う。けれど私はいろいろともう限界だった。
私のこの行動のせいで彼は不憫な目に会うことになった。
今までは誰も彼に視線さえ合わせなかったのに、私の彼氏だといった瞬間にみんなの攻撃対象が彼になった。
彼は大丈夫と私の前では気丈に振る舞っていたがその表情は痛いと、切実に訴えかけていた。
ごめんなさい。
心の中で呟いたところで彼に届くはずはない。そう分かっていても私は彼が受けるいじめをじっと見守るしかなかった。
いざ解決したかと思うと、今度はあおちゃんと喧嘩したり仲直りしたり、楽しい時間が舞い降りた。最初は少しだけあおちゃんと付き合ってしまうのではないだろうか、と嫉妬に似た感情を抱いたこともあったが、あおちゃんの狙いが前原くん一筋だとわかったときにその感情は簡単に消滅した。
私はもしかしたら心の狭い人間なのかもしれない。
好きな人に近づく女は誰だって私の敵ではないかと疑ってしまう。私が広げた人脈のようなものなのに矛盾している。
ごめんなさい。
最初にお泊りをしたときにお義父さんと出会えたのは嬉しかった。空くんに似て心の内を見透かそうとしてくる瞳には困ったけれど、そのほかは全く空くんと似ていない。あのような茶目っ気溢れるお義父さんを私は初めて見た。
その時に困った表情をする空くんも好きだった。
申し訳ないと思っている顔をしていた。けれど私は全然嬉しかった。空くんの家族の一員になれたような気がしたから。
ありがとう。
私の無茶ぶりでデートに連れて行ってくれた。
空くんは初心者だって言ってたけど、私だって男の人と二人で出かけるのは初めてだったし、好きな人の前でどういう風に振る舞えばいいのかが全然わからなくて緊張しまくってたよ。
あそこまで楽しめたのは空くんが準備してくれていたからだよ。もしも私じゃない他の女の子と出かけることになっても私の時と同じように一生懸命に考え抜いていたのかな。私はそんな意地の悪いことを考えてしまう。
嫉妬まみれの醜い性格してるからね。口には絶対に出さないからせめて思うだけは許してほしいな。
私の一生の思い出を作ってくれた最高のデートだったよ。
ありがとう。
私は空くんに謝らなければならないことと感謝しなければならないことが多すぎる。それは大事にするべきだし、私はその感情を本当に一生忘れないつもりでいる。
......けど。烏滸がましいことかもしれないけど。
一つだけ私の願いが叶うならば。
「私の気持ちに早く気付いてほしい」
私と空くんが初めて出会ったときのことは話したし、空くんもそのことを夢で見たことがあると言っていた。それならばもう後は一つではないだろうか。
もしかして私の言ったことと空くんが言ったことが限りなく似た別のものだと思われている可能性もあるのかしら?
いやいやそれでも私はそのときに空くんからもらったペンを見せたのだから同じことを言っていると思ってくれてもいいはず。
けど妙なところで鈍いからなぁ......。
普通の人が気付かないようなところは気づくけれど当たり前に普通の人が気付くところに気が付かないのが彼。別にそれを責めているわけじゃない。
そういうところも私は好きなのだから気にはしていないのだが、何というか、こう、私の気持ちから気づいてくれないかなぁなんて思ってみたり。
いっそ私の方から告白するのはどうだろう。
私の告白を断る人はそうそういないだろう。いざとなれば契約を破った罰だとでも称して強引に認めさせても......。
そう考えて私はその案をすぐに消した。
私は空くんから強引に言葉を出させたいわけじゃない。空くんが私を気になる人だといってくれるようにしたい。そしてあわよくば付き合いたい。それは空くんからの意思で合って欲しい。
結構なわがままかもしれない。いや、わがままだ。
悲しいほどに自分の意見しか主張しておらず、空くんの気持ちには目もくれていない。けれど、それでいいと思う。
だってそれが恋、というものだから。
さっきは気づいてもらえなかったことに対していらいらして強い言い方してごめんなさい。私はあなたを嫌いになったわけじゃないよ、ずっと好きだったしこれからもずっと好きだよ。だからね、お願い。私の気持ちに気づいて私を導いてほしいの。
女の子のあこがれである白馬の王子様になってほしいの。
どんなに不格好でもどんなに汚れていてもいい。私はあなたがくれるものは何でも嬉しいし、ずっと大切にする。
ごめんなさい。
ありがとう。
好きです。
......待ってる。
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