第4章「最後の更新と決断」
第71話「すれ違い」
俺は凜の偽彼氏である。その思いを第一線にして俺は凜と接してきたし、凜もまた俺をただの道具として扱っていたように思う。だが、いつの日にか俺は凜に好意を抱いていることに気づいてしまった。正確な日は分からないが気が付けば、俺の心はすべて凜に奪われていた。
そして、俺は偽彼氏のままでいた場合の今の心地よい空間を手放す勇気も、告白する度胸も今は持ち合わせていなかった。
少し思い返してみると、大体のスキンシップは凜の方からだったように思う。最後のキスは事故なのだろうが、俺はそれも含めて凜のサインではないかと思い始めていた。
ふぁ、と大あくびをしながら数学の授業をBGM代わりに告白のプランについて考えていた。
完全に俺に都合のいい解釈で可能性はゼロに等しいのだが、凜が俺に好意があると仮定した場合、今までのスキンシップはすべて俺への好意であり自分の気持ちに気づいてほしいがための行動だったということができるのではないだろうか。
その場合は俺の鈍感さが目も当てられないほどに酷いものになっているのだが、そこは初めてということで優しくジャッジを下してほしいところだ。
逆に、凜が俺に好意などなく、ただの偽彼氏として利用しているだけの場合、今までのスキンシップはすべて偽物であり、俺はそれを偽物であるとわかっていながら引っかかった阿呆ということになる。魅了状態になるぞと言われて飛び込む阿呆である。
俺が凜に告白して成功する確率は前者ならば80%。後者ならば0%というところだろう。
俺は流し目で隣に座っている凜を眺める。その視線はまっすぐ黒板を写していて俺の視線などまったく気にした様子がない。それだけ集中しているのだろう。
凜が少しだけ動いた。
俺は気づかれないようにさっと視線を戻す。
今のはぎりぎりバレたのではないだろうか? いやぎりぎり回避したような気もする。そんな一種のスリルを楽しみかけて俺は嘆息する。
「俺はこういうことがしたいわけじゃなくて、ただ知りたいだけなのに......」
球技大会が終わってからというもの、凜の俺に対する扱いが冷たいように思える。
いや、冷たいという言葉は正式なものではないな。より近い言葉で言うのならば「避けられている」だろう。
俺が話しかけようとしても席を立って、どこかに行ってしまうし、授業中はそもそも話すことがままならない。本当は話しかけたくてしょうがないのだが、これ以上成績を落とすわけにもいかない。
「......何が?」
帰ってくるはずのない答えが返ってきた。
「......気持ち、本当の気持ち」
「知ってどうするの?」
視線は外さずに訊ねてくる。
器用だなと思いつつ、俺も真似をして黒板を見て、それを板書しながら話に応じる。ここで終わらせたらもう二度と話ができないような気がしたから。
「分からない。安心したいだけなのかもしれないし、勇気が欲しいのかもしれない」
俺は思ったことを率直に伝えた。
それは何が伝えたいのかさえ分からない謎の言葉。だがそれが俺の今抱いてる気持ちだった。
凜はその俺の言葉を聞いて、しばらく黙っていた。何か感じることがあったのか、それとも理解不能だと一瞬フリーズしていたのかは凡人な俺ではわかる由もない。
だがその次の凜の行動はたとえ天才であっても読むことはできなかっただろう。
「これが私の気持ち」
そういって差し出してきたのは一本のペンだった。
随分と使い込まれたもので、すでにぼろぼろだったのだが、本人にはそれを変えるつもりはないようでずっと使っているようだ。
「私の気持ちはずっと変わってない。それに気づくか気づかないかはその人次第」
「どっかで見たことあるようなペンだなぁ」
より具体的に言うと、いつの日にかなくなっていた俺のぺんと種類はもちろん、傷の付き方まで全く同じ部分がやられている。違うのは年月のせいもあるのか、傷が増えているところが多い要素だけ。
「空くんは絶対に見たことあるペンだよ」
「それってどういう......」
俺が深く訊ねようとしたその時。
「おい、さっきからこそこそと話している奴は誰だ? 聞こえないと思ったら大間違いでしっかりと耳障り悪く聞こえてるぞ。もしかしておまえか、星野?」
「違います」
「本当か? 隣が吉川だからってはしゃぎすぎるなよ? 担当の先生に行ってすぐに席替えしてもらうからな」
「......」
この人はことあるごとに俺をマーキングするのをやめてほしい。もしかすると数学の先生も凜に好意を寄せている変態なのかもしれない。
この学校にいる人間はどうしてことあるごとに本人ではなく、その隣にいる人間にまず当たろうとするのだろうか。
「教育者がこうだからだろうなぁ」
俺の問いはすぐに解決される。こういう哲学のようなことはすぐに答えが出るのだ。だがどうにも感情の話になると俺はアンテナが弱いらしい。
俺は凜から渡されたペンを見ながらどこかの記憶を探し当てるために、目を閉じた。
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