第70話「球技大会結果」
俺のチームは残念ながら負けてしまった。
あれだけ凜に祈願してもらったのにと言われそうだが、最後にキスされたことについてがどうしても頭から離れなくなってしまってことあるごとにぼーっとしてしまい前原にも萩にも迷惑をかけてしまった。
本人たちは「学校の大会だから遊べればいいんだよ」と笑っていたが、その瞳の裏にもう少し勝ち進んで今日を楽しみたい、という感情が見えていた。
球技大会中は勉強する必要はない。だが、勝ち抜き戦であるために負けてしまうとそこから終わりの合図がなるまでは暇で暇で仕方がなくなる。
「凜ともぎこちなくなってしまったし、どうしたもんか」
なんだかんだと時間をつぶしながら過ごしていると、あと三十分で終わりというところまできた。暇をつぶすことにかけては友達がいなかった俺に追随できる人間はないだろう。
あと三十分というところになって、俺は凜のことを考え始めていた。
凜が俺の頬に唇を当ててきたのは事故だという風に思うことにした。そうでなければ今のぎこちなさが説明できないからだ。
もしもそれを狙って行っていたのだとするならば、もっと俺を煽ってきてもいいはずだし、ぎこちなく俺を避ける必要はないはずだ。
この暇をつぶしている間にも何度か凜を見かけたが、話しかけようとするとすぐにどこかに行ってしまった。
俺から距離を取ろうとしているのだろうか。いや、実際には俺が話しかけると同時期にメンバーの人に話しかけられているような感じだったから運が悪かっただけなのかもしれないが。
まぁそんなこんなで俺は暇を本当に一人で過ごすことで乗り越えた。
「あれ、元気ないじゃん。どうしたの? もしかして凜に振られた?」
「俺はまだ告白してな......ってなんだ高市か」
「何だとは失礼な。私だって寂しそうな背中じゃなかったら話しかけることなんてしなかったわよ。でもせっかくの球技大会なのに沈んでる人がいたら楽しめるものも楽しめないでしょ」
背中から声をかけてきたのはさっきまで怒りまくっていた高市だった。俺と前原は一緒のチームなので当然俺のチームが負けたということは前原のチームも負けた、ということだ。「もう出番が見られない!」と喚いていた。
「全然動けてなかった俺に恨みの一つでもあるんじゃないか?」
「別に? そんなので恨んでたら私の身体がいくつあっても足りないわ。それに悩んでる人に怒っても仕方ない死ね」
「今死ねって言った?」
「いってない」
さりげなく言われたような気がしたが、それ以上深く追及するのはやめておこう。
俺は高市に相談しようかと迷った。凜と友達で心を許している存在。そういう相手に相談できるのは俺の心が軽くなるのは保証されているようなものだったから。
「いったろ。......あと俺は別に悩んでない。悩んでいるように見えたならそれはただの思い違いだ。きっと一人が寂しかったんだ」
「いつもは一人が一番だと思ってる人が何言ってんだか」
だが俺は、高市には話さないことにした。
もしも凜が俺と同じように何か悩んでいるとするならばおそらくは高市に相談するだろう。その時に高市には俺のことなどはお構いなしに凜だけに向き合って欲しい。
「前原はどうしたんだ? 俺と同じく暇だから一緒に回ってると思ってたのに」
「一緒に回ってる。今はちょっとトイレで抜けてるけどね」
「彼氏と一緒に歩く球技大会は楽しいか?」
「何その聞き方、ちょっと嫌味に聞こえるんですけど」
ちょっと混ぜてるんだよ。
今までは彼氏とはいえ偽物だという線引きを自分の中でしっかりとしてきたから別に何とも思わなかったのだが、いざ自分の気持ちに気づいて、勇気のなさに絶望しながら他の実っている人を見るとこういう気持ちにもなる。
「楽しいよ。友達と回るのとはまた違った感じ。どきどきしたりわくわかくしたり。ちょっとしたことでも相手が気になって仕方ない感じ」
何それちょっと疲れそう。
そこまで相手に注視することを今までしたことのない俺はその動作がしんどそうに見えて仕方がない。
どうせ一緒に回るなら俺はより楽しいほうがいいのだが、高市のいうことを素直に受け取るのなら、友達と彼女を比べることはどうやら難しいようだ。
「俺にもそういうことができるのかなぁ」
「できるようになるかぁじゃなくてできるようにするのよ。努力しなさい」
「そうはいってもだな......」
俺は言葉を濁らせた。努力をしろと言われてもそこに意味を見出さない限り行動に移すのは難しい。
高市は俺の心情を察してか、はぁっと大きなため息を吐いた後、
「正直に言うけど、あんたの成功率は他の人と比べて全然高いんだからね? ここで行っとかないとマジで人生の損よ? 一生のチャンスをどぶに捨てたって一生笑ってあげるわ」
「わかってるよ。でも勇気が出ないんだ」
「ふぁ~。今までどれだけ相手が勇気を振り絞ってきたと思ってるの? そんなヘタレたことを言ってる場合じゃないのに」
高市は「ま、がんばれ」と俺の背中をたたいて男子トイレの方へと向かった。
俺に勇気を分けてほしい。それすらも言い出せなかった俺に嫌気がさす。
そんな俺の気持ちとは裏腹に球技大会女子バレーボールの優勝は凜のチームだった。
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