第69話「空の大失態」
凜のチームと相手チームの勝負の結果、勝ったのは凜のチームだった。それも圧勝だった。
始めは誰しもが実力差にみせられて、できても善戦すればいいと思っていた。だが俺の声援の後ぐらいからまず、凜の動きが変わった。より俊敏に、より的確に敵の急所を突くようなボールを打つようになった。それにつられるようにして他のチームメンバーも動きがよくなり、だんだんと相手チームを圧倒するようになった。
相手チームは経験者だったのだが、現役時代と今の動ける幅が違っていることを理解できていないようだった。それにより、だんだんと自分のチームメンバーを信じることができなくなっていき、凜のチームは流れに乗ってきたこともあり、自滅に近い感じになって行った。
「おめでとう」
「ありがと。空くんの応援聞こえたから頑張った」
「聞こえてたのか。じゃあ俺に対して手を振ってくれたのか」
そうだよ、という声を聞いて心の中でそっと胸を撫でおろした。やはり俺のために手を振ってくれてたらしい。
俺のその安堵の表情に疑問を持った凜が訊ねてくる。
「もしかして他の人に手を振ってるって思ってた?」
「俺だろうなぁと思いながら、他の男たちが自分にされたと勘違いして喜んでいる姿を見るとどうしても不安になってな」
「そんな知らない人に手を振るほど私は自分を買ってないよ。それに芸能人じゃないんだからそういうファンサービスはしないよ」
言われてみれば確かにそうだと思う。だがそのときは何故か心の余裕がなくなっていたのだ。
凜は俺の表情を見て何が面白いのか、くすくすと笑いだした。
「な、何だよ」
「いえ、何でも? そろそろ空くんの試合も始まる頃だよね。私が勝てるようにおまじないしてあげようか?」
「俺が勝てると思うか?」
俺のチームが勝てる見込みがあるとすれば、それは俺がミスをせずにアシストをこなして、萩にシュートを決めてもらうぐらいだろう。だが、俺はバレーボールをろくに練習したことがなく、アシストと一言で言っても人によってどの位置にボールをあげればいいのかわからない。
「深く考える必要はないわ。ただ純粋に身体が望むままに動いてあげればそれですべてうまくいくわ」
「......そういうもんか?」
「えぇ、そうよ。頭で考えるほど、いろいろな可能性を考えてしまって最終的に身体が動かなくなるの。それだったら見当はずれだったとしても身体がそこに行きたいと望むならそれに従った方が最終的には上手くいくことが多いわ」
私の経験よ、と付け加えて凜はにっこりと笑った。
俺を励まそうとしてくれているようだ。俺が頭でごちゃごちゃ考えていることもすべてお見通しのようだし。もうそろそろ凜にうそが通用しなくなるような気がする。まぁ嘘をつく予定はないが。
「それに、前原くんと萩くんがチームのメンバーだったら大丈夫よ。彼らを信頼すればきっと勝利が転がってくる」
「そうだな」
俺は凜の言葉に大きく頷いた。彼らと一緒のチームの利点は俺が彼らのことをよく信頼しているという点だろう。前原は前回の四人で遊びに行ったときに仲良くなった。あのころとはずいぶんと様子は違っているように思うがそれでも基本的な彼の性格は変わっていない。
萩は俺の尊敬する漢であるからして、多くを語らずともついていきたいと思わせてくれる何かがある。
「じゃあそろそろ行ってくるよ」
「あ、待って」
凜が俺の裾を引っ張って俺を引き留めてくる。
何事だろう。
「おまじないしてあげるって言ったのに忘れてるでしょ」
「あ。......俺ももしかしたら緊張しているのかもしれないな」
「じゃあ私が解してあげる」
そういうと凜は俺の手を取って、ぎゅっと握った。
彼女の俺よりも高い体温がつながっている手から伝わってきて心地よい。どうやら念を送ってくれているようだ。
念を送ってくれるのも嬉しいが、凜の体温を感じられるということ自体に俺は頑張ろうという気にさせられる。
「空くんがケガしませんように、空くんが活躍できますように、空くんが......」
ぶつぶつ呟いているのは俺の安全や、戦勝祈願などだ。
大河ドラマに出てくる夫の無事を祈る妻のような感じだが、俺は実際に体験してみて、これは絶対に負けられないし、死ねないなと思った。
やはり自分の信頼している相手というか好意を寄せている相手に自分のことを祈ってもらうことは自分で叱咤激励するよりも効果があるのかもしれない。
一通り終わった後に、凜は
「がんばってね。勝ち負けも大事だけど、空くんが楽しむことを一番に考えてね」
「あぁ、相手が誰であろうとも、全力で頑張るだけだから」
俺が今度こそコートへ入ろうとしたときに、凜が再び今度は俺の腕を取って引き寄せてきた。
そしてそのときに俺の頬に凜の唇が触れた。
果たしてそれが目的で呼んだのか、別の目的があったのかは分からない。ただ俺も凜も触れたということはわかっていたので、そこからは何も言わずに送り出してくれた。
何か言いたかったけど、唇が触れてしまったから恥ずかしくなって何も言わなかった。
それとももともとキスをするつもりだった。
「あーっ!! わからねぇ」
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