第68話「凜の大活躍」
凜のチームが試合をする時間になった。
俺は堂々と一番前に腰かけている。ふと観客側を見ればすぐに俺がいるということに気づくだろう。もしも萩が背中を押してくれていなければ俺はひっそりと後ろの方から応援していたに違いない。
相手チームは凜のメンバーがそろうよりも早くに集合して軽くアップを始めている。この球技大会はある意味でお祭りなのだからアップをするほど真剣にしなくてもいいのではないか、という疑問は抱くものの、それが自然にできているということはそれだけ強豪だと示しているに他ならない。
「ごめんなさい、彼の応援が長引いて......」
「大丈夫! まだ始まってないし、遅れてもないから!」
「凜ちゃん緊張してない?」
「ちょっとしてるかも。だって強そうなんだもん~」
「そこに彼がいるから元気でも分けてもらってきたら?」
待っていたメンバーの一人がそろったと思うと、凜と何か会話をしてあろうことか凜が俺の方へと向かってきた。
何か忘れものでもしたのではないだろうか。凜に限ってそれはないような気がするのだが、他に俺の方へと向かってくる理由が見当たらない。
「空くんっ!!」
「?!」
「き、来てくれてありがとう。応援しに来てくれたんでしょ」
「まぁな」
「嬉しい。空くんがいつもなら後ろの方に居そうなのに最前列にいてくれたことも嬉しい。だってこうしてお話しできたから」
「どうした? いつもの凜らしくない。......もしかして緊張でもしているのか?」
「あれ、そんなに私ってわかりやすい? 結構隠してるつもりなんだけどなぁ」
「隠そうと思って隠せるものでもないからな。それにみんなが気付いてくれるのはそれだけ凜のことをいつも見てくれているっていう証拠でもある」
不安、というよりも緊張で固まってしまった表情を何とか柔らかいものにしようと凜がぎこちない笑みを浮かべる。
俺はどうしてももどかしくなってその凜の頬を思い切り引っ張った。
「いひゃいいひゃい! 急に何するのよ」
「びっくりしたか? でももう緊張してないだろ」
驚いた眼をさせながら頬をさする凜に俺は声のトーンを上げて話した。
「うん! 行ってくるっ」
「がんばれ」
彼女は嬉しそうにチームの元へと戻った。
俺がしたことは果たして正解だったのだろうか。あまり時間もなかったので憶測から緊張していると思って解すことに注力したのだが、もっと軽い世間話をした方が気が紛れてよかったのだろうか。
いろいろと考えていてはきりがない。そう分かっていながらも考えるのを止められない。それは彼女に一番最高のパフォーマンスをしてほしいと願っているからなのか、それとも俺が彼女の一番でありたいという願いからくる傲慢なのか。
俺が心の中でそんな葛藤をしながらも試合開始のホイッスルが鳴った。
相手チームのサーブからスタートだ。まずは様子を見てどの程度の実力があるのかを図りたいところだったのだが。
そのサーブは初心者が打つにしてはあまりにも早すぎるもので、狙いもちょうど誰がレシーブするのかを一瞬躊躇するような場所に落とした。
その躊躇は完全に命とりであり、気が付けばボールは地に落ちていた。
「全然衰えてないじゃん。むしろ現役の時より鋭くない?」
相手チームの喜びの声が少しだけ聞こえてきた。
どうやら経験者ではあるらしい。部活動としてバレーボールを選ばなかっただけで実力は結構なものだと素人の視線ながらも理解させられた。
第二投目。
今度はサービスエースを阻止して何とか返したものの、連携がうまくかみ合わずひょろひょろの球が上がってしまい、それを見事に決められてしまった。
バレーボールは基本的には完全なチーム制。相手チームからの球を拾って、ボールの調子を整えて、最後に強烈な一撃を叩き込む。
この連携は生半可な練習ではそうそう上手くならない。今回はいってもお祭りなのでそこまでする必要はないと思っていたのだが、どうやらその認識は甘かったようだ。
「がんばれー」
俺も微力ながら応援の声を上げる。
すると、凜が気付いてこちらに手を振ってくれる。
いや、気づいてくれてうれしいんだが試合に集中してくれ。それに凜が手を振ると、俺の周りにいた男子たちが雄たけびをあげまくってうるさい。
え、俺に手を振ってくれたという認識でいいんだよな?
ここまで勘違い野郎が多いと俺まで不安になってくる。
今のはファンサービス的なものだったのだろうか。俺の声援に気づいて手を振ってくれたというわけではなく、応援されているということに対して、みんなに手を振ったのだろうか。
いいや、その中に俺がいる時点で俺に向かってのことだと決まっている。そう思わないと恥ずかしくて死にたくなってしまう。
「ごめんみんな、絶対に負けられない理由ができちゃった。ここからは勝つよ」
「「おー!」」
凜のチームから気合の声が漏れ聞こえた。
どうやら誰かが叱咤激励をしたらしい。正直俺としては勝っても負けてもいい。だが不完全燃焼だけはしてほしくない。どんな形で終わろうと結局はお祭りなのだからどうでもよくて大切なのはそこでどう自分を出せたか、それに尽きると思っていた。
そしてその瞬間から白熱する試合が始まった。
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