第67話「バレーボール」
カリキュラムというかプログラムをまさか当日に配られるとは思っていなかった。先生が最近忙しかったようですっかり失念していたらしい。そこらあたりを正直に話してくれる先生には好感が持てると思いながら、俺は自分の出番の確認をする。
どうやら俺の出番は五試合目が最初のようでしばらくはぶらぶらと暇な時間があるらしい。仲良く話せる友達がいればその間の時間もあっという間に過ごせるのかもしれないが、俺が自分から話しかけられるほど仲の良い友達はまだいない。
仕事でも進めようかと少しだけ考えるも、学校にまで仕事を持ち込んではいけないという自分の掟は破りたくない。
「どうした辛気臭い顔して。空の出番はもう少し後だっただろ? 俺と一緒なんだから、な!」
「......俺は前のキャラクターの方が好きだったよ」
「何? 突然の告白? マジパない展開だけど、ごめんなさい僕にはもう彼女がいるんです」
この人は大分、彼女に大事な性格を犯されてしまったような気がする。
「前原のそれは作ってるの? それとも素でそれなの?」
「ちょっと作ってる。葵が喜ぶから......。でも本当は空みたいな落ち着いた感じの方が俺らしいんだけどな」
「あらまぁ対極に位置していることで。......前原と一緒にバレーボール出るってことはもちろん高市も見にくるってことでいいのか?」
「暇な時間があれば言ってあげるとは言われたけど、たぶん絶対来てくれると思う」
いや、どっちだよ。
ただ俺の予想としては確実に来る。あの高市が前原の活躍する舞台を応援しに来ないわけがない。さらにいえば普通の時ですら前原にべったりなのだからここぞとばかりに詰め寄っていそう。
「まぁ無理するなよ。嫌なことはいやだって言わないと向うはどんどん調子に乗っていくからな」
「そうはいってもあんまり強く言えなくて」
「どうした? 何か弱みでも握られているのか?」
「別に弱みを握られてるってわけじゃないけど、期待されると嬉しくなってつい見栄を張っちゃうというかなんというか......。空もあの凜が彼女だったらそういう気持ちにもなるだろ? 隣に立つ覚悟というかさ」
前原は彼なりに頑張っているらしい。
俺もそういう気持ちがないのかといわれると答えに詰まりそうだ。以前の俺ならばともかくとしても今の凜に明らかな好意を持っていると自覚してしまっている状態ではその覚悟の重さが身に染みてわかる。
だが、頑張らなければという思いとともに、凜は絶対にそういうことを望んではいないということも俺はわかっているつもりだった。
自分の隣に立つ人間の格がどうとか、容姿がどうとかは彼女にとってはどうでもいいのだ、と。
ただ自分が好きになった相手と一緒に普通の恋がしたいだけなのだと、俺はそう解釈しているし、そう思っているからこそ、プレッシャーに押しつぶされることなく俺は俺のままで日々を生活できている。
「まぁ人の恋愛にとやかく言えるような立場じゃないからこれ以上は言わないけど、自分が辛かったら言うんだぞ。それをお互いにできるのが彼氏と彼女なんだからな」
「ありがとう。できるところまで頑張るよ」
そして俺はこの後に、前原が高市に泣きついたことを知るのだが、それはまた別の話。
ほどほどにがんばれよ、という話に着地させたはずなのに「ちょっと走ってくるわ」と前原が駆けて行ったのを見送り、俺は応援するいい席はないかと歩いていた。
聞くところによると凜が出るのは三試合目らしい。
どうせならば一番いい席で応援したいのだが、みんな考えることは一緒だったようで吉川凜を一目見ようと全校生徒が体育館に集まって押し寄せていた。
まだ一試合目も始まっていないのにこの賑わいとは、彼女はやはり人気者のようだ。客観的に分析したような口ぶりだがそれは現実逃避をし始めたからに他ならない。
「あれ、応援行かないのか? 大事な彼女がバレーボールの試合に出るんだろ」
一度退却をして態勢を立て直そうと引き返していると、萩が声をかけてきた。
彼もまた俺と同じバレーボールのメンバーだ。
「そうなんだけど、凜を一目見ようと思ってる人が多すぎて......」
「人気だからな。だが球技大会は一人のものではなくみんなのものだ。当然、俺やお前のものでもある。気圧されて遠慮していては面白いものに出会えなくなるぞ」
「面白いもの?」
「あぁ。人と人が交わるとそこに何か不思議な力が現れるものだ。それがスポーツによる対決にしろ、喧嘩にしろ、恋にしろ。そのときの力に出会えた時が一番楽しいと感じられる時だ」
面白いものとは時なのだろうか、それとも力なのだろうか。
俺が浅学菲才なばかりに萩の伝えたいことについて半分もわかっていないことがもどかしい。
だが、今の状態ではだめだということだけははっきりと分かった。
「一緒にバレーボールができるのが嬉しい。頑張ろうな」
「おう」
俺はその人ごみの中に入って行った。
そして一番前に堂々と座り込んだのだった。
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