第66話「球技大会」

 俺の参加する競技はバレーボールになった。

 始めはやはり前回のこともあるし、バスケットボールを希望していたのだが、凜による応援補正のおかげでバスケットボールが満員となり倍率も跳ね上がった。


 俺が出るから凜が応援してくれるはずなのに、俺の存在は関係なくバスケットボールに人気が集中したのが少し面白かった。決まった後で「バレーボール応援行くね」と言ってひらひらと手を振りながらどこかへ行った凜を追いかけていく男たちの視線はとても遠いところを見ていたように思う。


「おっはよ~。今日いい天気でよかったね。天気予報だと雨模様だったから」

「天気が雨でもバレーボールなら関係ないけどな。多少気分が上がったり下がったりするだけで」

「雨になるとテンション高くなる人いるよね。空くんはどっち派? やっぱり名前が空だから晴天の方が好き?」

「名前は......関係ない気がするけど、まぁ雨よりかは晴れてる方が好きかな。性格が雨模様だからせめて天気ぐらいは晴天でいたい」

「性格が雨模様って何?」


 俺なりの皮肉が効いたジョークだったのだが、凜にはそれが通じてはいなかった。まぁ通じていたらそれはそれで怒られていたような気もするのでこれでいいと思うことにしよう。


 球技大会ということもあり、今日は制服ではなく体操服を着ている。いつもとは違う服装で一日過ごすというだけで少しばかり心が躍ってしまうのはなぜだろう。日常は日常で楽しいと思ったりまったりできるのだが、こういう刺激的な一日も欲しくなってしまうのはなぜだろう。

 凜が俺をみて、くすりと微笑んだ。


「な、何?」

「いや? 空くん楽しそうだなぁって思って」

「楽しそうに見えるか? まだ何もしてないぞ」

「まぁそうなんだけど。今日これからのことに何か期待してる感じがするというか......。もしかしたら私がそう思って空くんに重ねてるだけかもしれないんだけどね」

「凜も同じくバレーボールだったか?」

「うん、応援行けるようにするには同じ種目にする方が楽だし」


 さらっと言われるドキッとする言葉。

 凜にとっては当たり前の造作のないことでも俺にとってはいちいち心臓に悪い。


 凜は納得がいっていないのか、自分の髪をいじりながら言った。

 どうやらその場所は自分では見ることのできないところのようで頑張って直そうとはしているのだが、見ている方からすると少しもどかしい。


「そのままじっとして」


 俺はそういうと、凜の髪に手を伸ばした。そして気になっているであろう箇所を丁寧に束ねて結っていく。

 あまり凝った結い方はできないがそれなりのものであれば男でもがんばればできるものだ。


 俺はさっと完成させる。


「できた」

「あ、ありがと」


 凜の表情に赤みがさしていた。凜の髪を結うのはこれが初めてではないのでそんなに照れるようなところはなかったように思うのだが。髪の結い方は練習すればできるようになるが乙女心はまだまだ修行が足りないらしい。


「バレーで勝ったらさ、何かご褒美ちょうだい」

「ご褒美って......。俺は凜の親じゃないんだから......。ん~、何が欲しいんだ? 一応聞いとく」

「私を一日甘やかして」


 それはいつも通りなのでは?


 俺がそういう思いを表情に出してしまっていたのか、凜が頬を膨らませて猛抗議をしてくる。


「いつも以上に甘やかして! 私が遊んでって言ったら遊んでほしいし、枕になってって言えば枕になってほしい」

「......なるほど、一日執事みたいなことをしろということか」

「ん~、若干違うような気もするけど訂正するもの面倒だからそれでいいや」


 違うのかよ。

 凜が言いたかったことはどうやら執事をしてほしいという願いではなかったらしい。だが自堕落な要求に対して黙々と対応していくのは執事の本懐というかそれ以外に相応しい言葉があるだろうか。


「本当に勝ったらしてあげるよ」

「約束だからね? 私と一緒にバレーしてくれる子はみんな経験者だから本当に優勝できそうなんだよね」

「部活動生は違反だぞ」

「部活動じゃなくて外で活動してるみたいだからそこはセーフらしいよ。趣味ってことになるっぽい」


 抜け穴が大穴だったようで。

 俺は軽はずみに請け負うんじゃなかったと後悔しながらも凜のその先の言葉に耳を疑った。


「もしも空くんが優勝したら思いっきりぎゅってしてあげる」


 軽く、話の延長線で、という風に。

 彼女は俺に流れている時間を止めに来た。


「じゃ、早速試合だから行ってくるね」


 俺が何かを言うよりも早く、凜は逃げるように去って行った。

 まだ朝来たばかりで競技が始まるまではまだまだ時間がある。


 仲間と作戦会議かなと思ったが、よくよく考えてみると仲間の誰も登校していない。これは完全に逃げられたなと確信するものの、どうして逃げられたのかの意味が分からない。俺はまたしても何か余計なことをしてしまったのだろうか。また原因の分からない圧力が俺を押しつぶそうとしてくる。


「さぁて、俺もさ、作戦会議かなぁ」


 自然にその場を離れようとすると変な声が出たし、ぎこちない。

 そして俺の仲間もまたまだ登校してきていなかった。

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