第73話「あおちゃんと私」
「せっかく久しぶりに凜からお茶に誘われたのに、当の本人が何でそんなに辛気臭い顔をしてるのよ」
「そうかな、ちょっと考え事してただけだよ」
私はそう言って、あおちゃんが前の席に座るように促した。空くんに言いたいことだけを言って逃げた私はその同じ日にどうしたらいいか分からなくなって、近くのカフェに居座っていた。
もちろん、一人だと寂しいのであおちゃんを呼んだのだが、彼女はいろいろと忙しく、すぐにはいけないという返事をもらっていた。きっと前原くんと楽しいことでもしていたのではないかしら。そうやってすぐに証拠もないのに嫌な結論を出してしまいそうになる。
けれども、あおちゃんは電話口の私の口調からただ事ではないことを察したのか、絶対に行くと約束してくれた。彼女が絶対、と使うときは必ず本当にしてくれる時。だから私は待っていた。
「考え事だって言ってもどうせ星野のことでしょうに。他の知らない人は分からないけど、私に隠す必要はないのよ?」
「そうね、あおちゃんには全部見透かされているような気がするわ」
「さすがに全部ではないけれど、凜の表情とか、仕草とか、困ったときや助けてほしい時に出る癖なんかは大体知ってるからね」
その言葉に私はぎょっとする。
私の表情はポーカーフェイスが家出状態だといわれるのでそこは半分諦めているのだが、困ったときに出る癖とは何だろう。今も出ているのだろうか。
私は焦る気持ちを落ち着かせようと、小さく深呼吸する。
「それで? いっつもべったりな星野と一緒に帰ってないってことは何かあった?」
「いつもべったりってわけじゃないもん。距離を取る日だってあるし」
「そんな稀な日を引き合いに出されても......。他の女子がうらやむぐらいには仲睦まじいカップルって認識だよ、二人とも」
本当は早く悩みを相談したいのに、あおちゃんの認識が少し現実と離れているようなので、私がしっかりとフォローを入れておく必要がある。
仲睦まじいカップルだといわれて嬉しくないわけじゃない。けれどそれは本当の意味でカップルだからというわけではない。私はその差を大して気にはしないけれど、彼は違う。
空くんは偽彼氏だから今までは私の彼氏として振る舞ってくれていたのだ。だから本当の意味で仲睦まじいわけじゃない。私が自分で否定するのは悲しいけどこれが現実だから。
「私、今日空くんと話したの。......ペンのこととか、私の気持ちのこととか」
「......こりゃまた大きく出たなぁ」
あおちゃんは大きな瞳をさらに開かせた。
でもすぐに、笑顔に変わった。
「自分の気持ちを相手に伝えるってなかなかできることじゃない。よく頑張ったと思うよ」
「あ、ありがと。でも空くんにはあんまり響いていない感じだった......」
私が心配そうな面持ちでそう語ると、あおちゃんは無礼にもくすっと笑い、そのあとこらえきれなくなったらしく肩を揺らしてにやにやしていた。
何故か馬鹿にされた。
私は真面目に話しているのに。
私がムッとすると、あおちゃんはごめんごめんと、さして謝罪の心もないような軽い言葉を繰り返した後、
「それは響いていないんじゃなくて、必死に隠そうとしているだけ」
そうはっきりと断言してきた。
「どういうこと?」
「どういうって、そのままの意味だよ。星野は凜のことが好きだ、それは偽彼氏からくる演技とかじゃなくて普通に恋心を抱いている。本人がそれに気づいているのかは分からないけどな。そんなときに思ってもいなかった凜からの好意が乗せられた言葉を前にしてどうしたらいいか分からなくなったんだろうな」
ふむふむと納得したように頷いているあおちゃんに私は突っかかった。
「空くんが私に恋を抱いているようには見えなかった。だって私に告白してきた人と空くんとでは私に対する執着心みたいなものが全然違うもの」
「まぁ凜がそういうなら本当は恋心なんてないのかもしれない。けど、第三者から見てどうにもあいつは凜のことを大事にしよう大事にしようとしているようにしか見えないんだ」
「......私が間違ってるの?」
それはあおちゃんに対しての問いではなかった。自分に問いかけるための言葉だった。だがそれを訊ねたところで私には到底答えを見つけられるはずもなく、ただ迷宮入りしそうなものを悔しく眺めるだけしかなかった。
「凜も恋愛のことになれば少なからず経験があるから自分が間違ってるなんて思いたくないのかもしれないけど、誰しもが凜に告白してきた奴らみたいに特攻隊みたいな行動をとれるわけじゃない。中にはそういう気持ちを持ったとしてもそれを心の奥底に隠してそっとしまい込む人間だっている。その恋はどうせ叶わないと決めつけているから」
「空くんもその一人なのかな、私がいろんな人を今まで振ってきたから諦めてるのかな?」
すべては彼に私の気持ちを気付いてもらうためだった。あなた以外のものになるつもりはないと宣言するつもりで今まで私はすべての告白を断ってきた。面倒なことになりかけたときには安部くんを頼ったこともあったけれど、それはノーカウント。
「だったら聞いてみるか? 星野とそこそこ仲のいいやつに」
そういってあおちゃんは携帯電話を持っていた。
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