第63話「ただよくある話」

 特にオチもなく、何をしたわけでもなく、何かなくしたわけでも奪ったわけでもなくただ二人で普通に今まで通りに夜を過ごした。

 その後にはお互いに特に話すこともなくかといって、気まずいということもなく、心地よい感情を味わいながら帰宅した。もう一日、俺と一緒に泊まろうとしていたような気を凜からは見受けたが、流石に二日間も帰らないのは家の人に心配されかねない。


 昨日のホテルはどのように誤魔化すのかもわからないが、まぁそこらへんは上手くするのだろう。


 そして、何となく久々に感じる学校ではこれから球技大会が始まろうとしていた。


「そういえば球技大会ってこの時期だったっけ?」

「大体この時期。空くんは何に出るの?」

「分からん。こういう時に俺の希望が届くことはほとんどないし、どれを選んだとしても勝てないことは目に見えてる。部活動でしている生徒は参加不可能ぐらいの規則があってもいい気がするぞ」

「え、今年からそうなってるはずだよ? 今まで、部活動生が破竹の勢いで勝ち進んだせいで空くんみたいに思った生徒が多発。それで生徒会に抗議が集中して今年からは部活動で行っているスポーツは原則参加不可ってことになってるよ」


 俺の知らないところでいろいろと改革は進められているらしい。

 神様ではないので人の動作いちいちすべてを知っているわけでもなければ、把握する必要性も感じないのでそれは別にいいのだが、告知ぐらいしてくれてもいい気がする。

 俺の不服そうな顔を見た凜はその俺の頬をぐいっと引っ張った。


「そんな顔しないの。できるだけみんなに楽しんでもらおうって頑張ってるんだから。空くんも楽しそうな顔をして」

「んなこと言ったって。原則ならいくらでも強引に入ろうと思えば入れるんじゃないのか?」

「負けず嫌いが発動してる? 面倒くさい感じになってるわよ。とりあえず球技大会は大会じゃなくてただのお祭り程度に考えて楽しめばいいのに」

「チーム戦なら楽しむしかないなぁ」

「チーム戦しかないわよ。だって球技大会はクラスの団結を高めるのも目的の一つなのだから」


 凜が俺の希望をことごとく打ち砕いてくる。もう泣いてしまいそう。おうち帰りたい。

 球技大会が開催されるのは明後日だ。


 そして直前でありながら、今はどの種目に誰が出るのかという打ち合わせと、どういう戦略をとるのかという作戦会議も兼ねている。それはちょうど俺が先ほどまで愚痴にしていた部活動として行っているスポーツには原則参加不可能という一種の壁に当たっているせいもあるのだろう。去年に比べて議論は活発に行われている気がする。


 だが、変わらない点として、運動があまり得意ではない人にとってはその壁が作られようともあまり差異はなく、ただ補欠要因として頭数に数えられるだけで何の面白みもない。

 俺もどうせどこかの頭数として数えられるのだろう。いや、もしかすると今年は凜の偽彼氏ということで多少なりとも注目されているので、赤っ恥をかかせようという魂胆から大事な部分を任されたり、そもそも人数の一人としてカウントされていなかったりするのかもしれないな。


 それならそれでいくらでも遊びたい放題と考えるとそういう未来も少しだけ願ってしまいそうになる。


「空くんが出たい競技とかある?」

「バスケットボールなら得」

「それ以外」


 得意、までせめて言わせてください。

 バスケットボールが得、になってしまってこれでは全く別の意味だ。

 それに何が得なのかいまいちよくわからない。


「ドッジボールで逃げ回るぐらいならできると思うけど。運動で任せろって胸を張って言える競技はないな」

「そっか、なら空くんのかっこいいところを見るのはお預けかなぁ」

「おい、そんな大きな声でいうな。視線が痛くなるだろ。あと、そもそも思ってないくせに」


 ちらちらと俺の方に視線を飛ばしながら大声でそんなことを言い出す凜。

 無理なものは無理なのである。それを強要されたところで変えようがない。

 それに最近は収まっているかのように思えた俺へのヘイトがまた膨らんできたような気がする。

 さっさと別れろ、という圧力をビシビシ感じる。


 だが、残念なことに付き合ってもいなければ告白すらしていない。ただの仮初なのでそんなに目くじら立てないでほしいなぁ。なんつって。


「少しだけ思ってる。私のためにいつもは苦手なことにも全力で挑戦する空くんの姿を見たいから。私はかっこよくスポーツしてるのを見るのも好きだけど歯を食いしばって一生懸命闇雲でもいいから頑張ってる姿を見るのも好きよ。泥臭くてもね」

「それで全世界の男がぽっくり」

「それって死んでない?」

「まぁ他の女の子が見えなくなるぐらいに落ちるだろうな。それはある意味で死んでるってことだ」


 凜は俺の説明がよくわかっていないようで首を捻っていたが、いずれ分かるときがくる。

 俺を含めた全員に少なからず好意を持たれているという事実に。


「決まったら教えてね。応援行くから」


 この一言で俺の出る競技は倍率が高くなった。男って単純っ!

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