第64話「吉川凜の魔力」

 最近、思うことがある。

 俺は凜によって一躍時の人となった。それは残念ながら光栄に思えるようなことではなくただの憎悪の対象としてだったが、それでも今までのいてもいなくても変わらない存在からは脱却しているように思える。

 そしてそれは俺の友達関係にも影響を及ばせたように思う。友達ができずに諦めていた俺は中学生も高校生も一人で過ごしていくのだとばかりに思っていた。だが萩や前原、そして高市など、一気に友好関係が増えた。


 俺はどうやらしっかりと人間として、一人と数えられるらしい。


 これらすべては凜が俺をターゲットに選んだから起こったことである。ある意味でそれは凜の魔力が俺をそういう運命に持ってきたといえるのではないだろうか。

 そういうことを真面目に安部に語ってみた。


「馬鹿ですか。これだから自分が弱い人は......」


 と何故か馬鹿にされた。

 わけわからん。


「なぁ、傍から見ていて俺と凜はどういう風に映ってる?」


 俺はめげずに時間をおいてもう一度安部に訊ねてみた。すると安部からは大きな大きなため息がこぼれた。なんかすごく馬鹿にされたような気がする。

 しかしそれでもじっと答えを待っていると「後で指定する場所に来てください」と一枚の紙を渡された。


 そして現在。

 俺は初めて、友達と二人きりでカフェに来ていた。


「それで何ですか。今日は一段と当たりが強いというか、普段なら絶対に話しかけてこないでしょうに。もう凜の相手はしんどくなってきた感じですか?」

「いや、そういうわけじゃなくて。普通に傍から見ていて俺と凜の様子がどのようなものかが心配というか」


 俺は自分の本性を隠して訊ねる。


「別に普通にカップルしてると思いますよ。いまだに周りがうらやんだり妬んだりするみたいですからね」

「俺は普通にしてるかな」

「......何か言いたいことがあるならはっきり言ってください? あまりこういう話は男同士でするものではないでしょうしまして一番話してはいけない人に話しているということももう少し自覚すべきだと思いますが」

「安部は口が堅いし、約束は全部守る人間だから信頼して話す。これは約束だぞ、誰にも話すなよ」


 安部は面倒くさそうにこくりと頷く。彼にとって俺との約束などそれぐらいのものなのだろう。


「俺は凜が好きなんだと思う。偽彼氏としてじゃなくて本当の彼氏として凜のそばにいたい」

「うわぁお、こっちが恥ずかしくなるぐらいストレートに独白しましたね。でも知ってました」

「......知ってた?」

「もちろん。男性が本命の時に起こしやすい行動などは弁えているものですから、動作一つをとってもこれは本当に惚れているんだろうなっていうことぐらいは誰にでもわかります。ただ皆さんは本当に付き合っていると思っているので何も言わなかったのでしょうが」


 淡々とした口調なのが助かった。


 俺は凜に惚れている。それがいつからかはもう覚えていない。一目見た時だったのか、それとも同じクラスになった時だったのか、話しかけられた時だったのか、それとも四人で遊びに行った時だったのか。

 いろいろと思い当たる節があるにはあるがどれもこれだとは断定しがたい。


 だがただ言えるのはそういう時には必ず、俺と凜の立場を繰り返し強調してきたということだ。俺と凜は偽彼氏で偽彼女。お互いに利害関係が一致しているからこそこういう関係になっているのであって、けっして好意をもって付き合いをしているわけではない、と。


 しかし、だんだんと辛くなってきたのだ。もしも凜の俺にしか見せない表情を本当の彼氏には平然と見せてしまうのだろう、と。

 俺は所詮本物が現れるまでの仮であって、いつでも使い捨てられるのだと。


「それで、好きだという自分の気持ちを吐露してあなたはどうしたい? これまで通りの生活を続けるためのはけ口として今の時間を使っている? それともこれから意を決して告白でもしますか? ......それともこの先をどうしていいか分からないから話を聞きたい感じですか?」


 俺はこくりと頷いた。

 自分の気持ちに気づいた。それはとても大切なことだと思う。だが、友達も最近できたばかりの俺にその先のことを考える余裕はないし、どう考えていいのかという道筋さえよくわかっていない。

 SPのように陰ながら凜を支えてきた安部なら何かいい案を教えてくれるかもしれないと思って訊ねたのだ。


「自分の気持ちにうそをついたくないのなら告白はすべきです。それが振られようが実ろうが結局自分の心はすっきりします。しなければ気持ちはずるずると言ってしまうでしょう」

「今の関係はどうなるのかな。ばらばらに崩れ去って何もなかったことになるのかな」

「さぁどうでしょうね」


 安部はどこまでの冷淡だ。

 しかしだからこそ、その言葉の重みは俺の心にずしりと乗りかかってくる。それは心地よい信頼と慰めの気持ちが込められているように思う。


「ただ一つ言えるのは、今の凜はとても生き生きとしていることですかね。魚が水を得たような、自分とでは絶対に見せなかったような表情の数々が今はあります」


 その意味が分かりますか、と視線で尋ねられた俺は決意を固めようとぐっとこぶしを握った。

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