第3章「正しいって何だろう」

第61話「軽い罰ゲームとは」

 拝啓お父さん。

 俺はどうしてか今、凜と一緒にホテルに来ています。軽い罰ゲームというからもっとデザートの奢りとか隠しておきたい秘密を暴露とかそういう風なものを勝手に想像していました。


 恋バナとかしたそうだったからすっかりそのつもりでいたのだが、どうやら俺の目論見は見当違いも甚だしく、世間一般で言われるところのラブを満喫するようなホテルに来ていた。

 未成年かどうかなど些細な問題であるとばかりに年齢確認もされているようなされなかったような曖昧な感じだった。男女で入ろうとすると案外緩いのかもしれないな。


 俺はどうしてホテルに来ているのか、どうして凜がこのような場所を知っているのかを聞きたくて仕方がないのだが、当の本人は俺の気持ちも知らずに呑気にシャワーを浴びている。

 先ほどの運動で汗をかいてしまったからすっきりしたいのだろう。入って早々に「お風呂先にいい?」と聞かれた時は驚きの声しか出なかった。まぁそれを肯定の言葉として凜は受け取ったようだったが。


 そして一応、思春期真っただ中の俺は少しだけ期待してしまいそうになる。これはそういうことをする場所なのだからそういうことをするという前提でいいのだろうか。


「とにかく、凜の真意を知らないことにはどうにもだな」


 俺はごろりとベッドに寝転がった。ラブの付くホテルとは言ったがここはぱっと見ただけではそういう感じのホテルだとは思えない。見た目は普通のホテルとなにも遜色ないのだが、一度興味本位で戸棚を引くとそこにはそういうおもちゃがあったのでそっと閉じておいた。あれはまだ早い。それどころか見なかったことにした方がいい。


 テレビも見れたものではなかった、ということだけ記しておく。そういうところは普通のホテルとは違う。


「あがったよ~! 覗いてない?」

「の、覗いてないっ! ずっとここにいたぞ」

「分かってるよ。ちょっとからかっただけ。......お風呂場がガラス張りだったのにはびっくりしたね。外から丸見えなんだもん、ちょっと恥ずかしい」


 ちょっとなのか。

 そこはもう少し恥じらいを持ってもいいと思うのだが。


 お風呂とトイレが一緒になっていながらもお風呂の仕切りが透明なガラスという何ともセンシティブな感じになっている。そういう趣味をお持ちの人にも応えられるようにという配慮なのだろう。


「お風呂入って気持ちにもひと段落付いただろうからそろそろ聞かせてくれないか? 軽い罰ゲームはこれで合ってるか?」

「うん、合ってるよ」

「どうして? 他にもいろいろとあっただろ? 俺の恋バナの話とか、次のデートの権利とかさ」

「そうだね。そういう風なのを選んでた方が空くんは今みたいな感じで変に必死にはなっていないだろうね」

「別に変じゃない。ただ状況をうまく把握できていないだけだ」


 俺が真意を訊ねようとすればするほど、凜は俺の様子をからかってのらりくらりと逃げているような気がする。


「私は自分を試してる。前よりも近くなったのに一向に変わらない気持ちが私には許せないの。この気持ちが本当なら......」

「急に何を......? 俺にもわかるようにちゃんと説明してくれ」

「私は私を、そして空くんを試してる。今日のデートは楽しかった。いいえ、そのずっと前から楽しかったし嬉しかったし、どきどきした。けどどこかで穴もあった。ふと我に返って思う時があるの。仮初の姿に満足してみっともないぞって笑ってる自分がいるの」


 俺は凜が突然口にしたほとんどのことを理解することができなかった。日本語としては理解できるものの、その言葉が指すものが抽象的過ぎてよくわからない。俺と過ごした日々を言っているような気もするが、的外れなことを言っているようにも思える。

 だが、ただ一つはっきりといえるのは彼女は今、嘘をついていないということだ。彼女は本心から自分の思いを吐露している。それが日本語としてうまく成り立っていなかったとしてもぐちゃぐちゃになった頭の中でどうにか言葉として紡ぎだしているように感じられた。

 だから俺はもう凜の真意をすべて洗いざらい知ろうとするのはやめた。


 きっと何か事情があるのだろう。

 俺には話せない、何かが。


「分かった、もういい。それ以上自分を責めるような言い方はするな。凜は優しいからな、人の悪口にもぐっと耐えるし、好意もいちいち丁寧に返事してる。それに耐えられなくなる日があるのは普通だろ。それがたまたま今日出て、若干の自暴自棄でここに来た。それでいいか?」

「そう、なのかもしれない。......もしもそうだとしたら空くんはこれから帰る?」


 まぁ、俺が言ったようなことまでは考えていなかったのかもしれない。ただ普通にホテルに興味があったから、かもしれないし、疲れて何も考えられなかったからとりあえず休めるところと考えた結果かもしれない。限りなく低いが関係を持とうと考えていたのかもしれない。


 俺は凜が肩にかけていたタオルを持ち上げて、わしゃわしゃと凜の髪を拭いてやる。


「帰れるわけないだろ。大事な彼女なんだから、誰かに取られるかもしれないし今日はここで寝るよ。俺の家に来た時と変わらないといえば変わらないしな」

「空くんの家同様におさわりは厳禁です」

「......ダブルベッドしかないのにそれはちょっと酷な話では」

「私が空くんを枕として雇うと空くんは枕なのでおさわりできます」

「人がおさわりしたい体で話を進めるんじゃないっ!」


 本音を言えば、したくないこともないんだけどなっ。

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