第53話「そうだ、プレゼントを買おう」
声帯を使い果たし、ガラガラになった声で俺と凜はジェットコースターを降りた。
始めに思ったことは思っていた以上に怖いということだった。人には概要をぺらぺらと話して平気そうにしていたくせに隣で叫んでいた凜よりも怖がっていたなどいえるはずもない。
凜も怖そうにしていたがまだ自分が叫んでいるということも含めて楽しんでいるように見えた。俺はまったく楽しむ余裕はなく、どこを見ても空を飛んでいるような感覚で凜を眺めて気絶を防ぐので手一杯だった。
「空くん私の方ばっかり見てたけど、どうしたの?」
何かついてる? と凜がくるりと回った。だがもちろん何もついていない。俺は少し考えて、誤魔化した。
「凜と一緒に飛んでるつもりの鳥がいたからつい見入ってたんだ」
「そんな鳥さんいるかなぁ? 音とかに驚いて近づいては来ないと思うけど」
「あー確かに鳥じゃなかったかもしれないな。もしかするとこのジェットコースターで命を落としてしまった少女の亡霊が見えていたのかも」
「おっけーわかった、もうこの話は終わり。もっと楽しい話をしましょう? そうね、私と空くんで今日の記念日に相応しいプレゼントを選びましょう」
強引に話を切り上げた凜は別の案を話し始めた。
ちなみにだが、始まってまだ間もないこの遊園地で死人がでているわけもない。ただの嘘話なのだがこっちはあっという間に信じたな。
もしかすると凜は心霊現象とかお化けのような非科学的なものが苦手なのかもしれない。今後、脅しとしてそういうことを使う気はないが知っておいて損はないだろう。
「今日って何かの記念日なのか? それにふさわしいプレゼントって......俺が凜に渡すためのってことか?」
「そう。お互いがお互いのためにプレゼントを渡すの。そうしたら今日のことはたとえ偽物だったとしても忘れないでしょ?」
「......まぁ、そうだな」
俺はプレゼント交換などしなくてもこの日を絶対に忘れはしないのだが、それを言ったところで何の意味もない。だがこの気持ちが先行してしまって煮え切らない返事になってしまった。
俺は時たまにわからなくなる。
明らかに俺と凜の間で結んだ契約とは関係なく俺を彼氏のように扱ってくる日もあれば、今のように一線を引いてしっかりと偽物の関係なのだと再認識させてくるときもある。
俺は彼女にとってどんな立ち位置に立っているのだろうか。
「時間は十五分ぐらいでいいか? それ以上は次の場所に間に合わなくなる」
「ん、分かった。じゃあ十五分後ね」
「ちょっと待った」
早速、俺と別行動を初めようとした凜を制止する。俺の杞憂だろうが前にも同じようなことがあったため、念押ししておかなければ気が済まない。
「俺と一緒じゃないってことは、凜は一人ってことだからな。......気をつけろよ」
「......うん。ありがと」
この遊園地は基本的に誰でも入園できるわけではない。入園前に念入りなチェックがなされており、危険物を持っている人間は当たり前だが入ることができない。だがか弱い女の子にとっての危険とは爆弾のような見るからに危険なもの、だけではない。
成人男性の力だって十分脅威となりうる。
俺は家から近くのコンビニですらその認識の甘さを強く認識させられた。これ以上彼女を危険な目に合わせるわけにはいかない。
「大丈夫だと信じるしかないな」
俺が最速でプレゼントを選び、彼女に気づかれないように尾行するという手もあるにはあるが、それをすると他の人間とあんまり変わらないような気がする。そして俺は凜が喜んでくれそうなプレゼントをすぐに思い浮かべることができていないので結局、その作戦を決行することは難しい。
「どれが好きなんだろう。......好みぐらい聞いておくべきだったな」
いや、本当のカップルならばそここそ試される時なのだろう。
普段の生活で現れるちょっとしたヒントをもとに好きな人の好みを把握してそれに見合うプレゼントを日々模索し続ける。これは俺の完全な偏見なので世の中すべての男がそうやって彼女のご機嫌を窺っているわけではないだろうが、そういう人も少なからずいるのではないだろうか。
もしかしたら凜も俺の好みがわからずに悩んでるのかもしれないな。
俺はふとそんなことを思った。そう思うことで俺は少しだけ気持ちが軽くなったような気がした。誰もが同じ、俺だけが周りを見れていない人、というわけではない。
「どうしよう、ここは店員さんにおすすめを聞くか? そうすれば変なものは買わなくて済む。だがそうすると今度は王道過ぎて面白くない、とか言われるかもしれない。どうせなら羽目を外してるぐらいのものを選びたい」
俺は時計を睨みながら悩んでいた。
この後は結構時間が詰まっている。昼はあまり時間を決めていなかったが、夜には動かすことのできない予定がたくさん詰まっている。それに遅れてしまうとすべてが失敗に終わってしまうのでここは何としてもスマートに片づけたいところだ。
俺は顔を上げた。するとその視線の先に惹かれるものがあった。まだ遠く、俺とそれの間にはたくさんの人が物品選びに夢中になっている。
俺はそれに手を伸ばして購入を決めるまで、そう時間をかけなかった。
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