第52話「ジェットコースター」

 遊園地の目玉アトラクションといえば、ジェットコースターだろう。これは絶対に外せない。そういう人も多いのではないだろうか。

 俺は絶叫系がそもそも得意ではないので外しても別に何ら問題はないのだが凜がそういう人だったらしい。


「うわぁ。人がいっぱい」


 凜がそう呟いてしまうのも納得の人の多さ。トロッコアドベンチャーとは比べ物にならないぐらいの人数に俺と凜は圧巻されていた。しかしその行列に並ぶ必要はない。なぜなら優先権ともいえるファストパスを事前にゲットしているからだ。


 俺は係員の人に二枚分のチケットを見せて悠々と別ルートからジェットコースターへと向かう。

 普通に並んでいる人の傍らを通るときに凜への羨望の眼差しが強かったことだけ記しておこう。ここでは俺への妬みがなかった。少しだけ嬉しかった。


 まぁ恐らくはこれから乗るであろうジェットコースターの恐怖で周りが見えていなかったのだろうが。それでも意識させられる凜がすごいというだけで、俺への扱いが普通なのである。


「なんかみんなの表情が結構暗いんだけどもしかしてこれって結構怖い?」

「結構使いすぎだろ? まぁ怖い人には怖いだろうな」

「ねぇ、空くんならどんなコースかも調べてきてるんでしょ。ちょっとだけでいいから教えて」


 急に怖くなったらしい凜は俺にしがみつくようにして情報を求めた。俺が話すよりも詳しく正確なことは彼女のポケットに入っている端末に聞けばわかるはずなのにどうやら結構恐怖心が増していてそれどころではないらしい。


「そんなこといっても一般レベルしかなかったはずだぞ? 120度の落下もなければ足置くところがないわけでもない。普通のジェットコースターだよ」

「ほ、本当?」

「ただ、最高時速は実に120㎞あるらしい。そして大回転が何とも豪華な三回転! 無重力を三回楽しめるっていう感じで有名なんだけど全く知らなかったのか?」


 俺が説明をしていくたびにずんずんと顔が沈んでいった凜。

 だがこの遊園地が推しているのは紛れもなくこのジェットコースターでその文言もしっかりとパンフレットの表紙に書いてあったように思う。


 凜の顔を見ているうちにどうやら彼女は絶叫系が好きで好きでたまらないというわけではなさそうだということに気づいた。

 ほどほどに好きではあるが恐怖に挑戦したいと思うことはない。そして普通に怖いのがいいと感じるタイプの人なのだろう。


 俺は一方でよくわからない。乗ったことがないので何とも言えないのだが、トロッコアドベンチャーのように全く見えない空間ではないので比較的酔いにくそうだと思う。

 そして周りが焦ったり嘘だと思うほど泣いていたりすると逆に冷静になってしまうタイプでもある。


 一人っ子であるし、ほぼ一人暮らしのようなものだから感情が欠落しているのかもしれない。


「空くんは平気そうな顔をしてるけど大丈夫なの? 知ってて怖そうとか思わなかったの?」

「思ったよ。思ったけど凜が楽しそうにしてたし乗ったこともなかったから、挑戦だと思って」

「空くんは強いね。私が認めてあげるよ」

「あ、ありがとう......?」


 何を認められたのかは分からないが、認めない、と言われるよりはいいのでそれ以上触れないでおく。下手に触れて剥奪されては敵わない。


「もしかしたら死んじゃうかもしれないし......どうしよ」

「え、ジェットコースターで死ぬなら俺も、みんなも死んでるわ。死ぬときはみんな一緒だな」

「......そういう時は「俺は何があってもお前を守るからな」っていうところよ? 彼氏は!」


 俺は彼氏じゃなくて偽彼氏なんですけど、そこらへんは考慮されない感じですか?


 というか、そもそもジェットコースターに乗るときには安全レバーを下げる。そのためにあまり自由な行動はできない。そんな状態で彼氏はどうやって守るというのだろうか。今度、前原にでも聞いておこう。


「そう言って欲しいのか?」

「私が言って欲しい、とかじゃなくて......。それが一般的な彼氏ってだけで」


 ごにょごにょと聞こえない言葉を吐く凜に俺はとりあえずこのまま機嫌を損ねていては楽しめるものも楽しめないと思い、


「......何があっても俺がお前を守るから安心しろ」

「......」


 何で無言なのぉ?

 俺結構恥ずかしいのを我慢していってみたのに返ってきたのは無なんですけど?


 俺の頬が熱を持っているのがわかる。凜が俺の顔から眼を放してくれないので蛇に睨まれた蛙ように全く身動きが取れない。


「空くんに「おまえ」って呼ばれたの初めてかも」

「......え、そこ? 反応すること、そこ?」

「え、うん。何か不自然というか変な感じしたなぁって思って。呼び方だったみたい」


 えー。俺せっかく頑張ったのに。バッティングセンターで全力で打ち返そうとしたのに空振りした感じ。


 俺がもう恥ずかしい文言は今後一切口にはしないと固く決意したとき、彼女は俺の手を取って歩き出した。さきほどまでびくびくしていたのに今では自分からどんどん進んでいっている。


「何で口元がにやけてるんだ?」

「なんでもなーいっ!」


 とりあえず、二人で思い切り叫び倒して喉を傷めた。

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