第50話「カップルさんですか?」
アクセル、もといクラクションという大層な名前を名付けられたカメに魅了された俺と凜はたまたま進行方向が同じということもあり、彼に付いていくことにした。性別は知らないがきっと彼だろう、たぶん。
人間が後ろからついていることなどまったく気にしていない様子でクラクションはのっそりとはありながらも足を前に出してずんずん進んでいく。
「凜は生き物好きなのか?」
傍から見ていて凜のクラクションに対するハートマークが止まることを知らない様子だったので俺は気になって訊ねてみる。
最近話題の爬虫類好き系女子なのだろうか。......最近話題なのかは知らないし、別に誰が何を好きで嫌いなのかは自由でいいとは思うのだが。
「いや、別に」
「えっ。......じゃあそのハートマークは何?」
「? ハートマーク? 何の話?」
返ってくるだろうだろうと思っていた答えと違う、そっけない言葉が返ってきた。
「ずっとかわいいっていいながらカメの後ろについていってるから、てっきり好きなのかと」
「ん~カメさんは嫌いじゃないって感じかな。触ることはできないけど、のっそりと動いている姿は癒されるというか、忙しい時に見るとちょっと休憩しようかなっていう気にさせてくれる」
「カメとしてはこの速さでも一生懸命だろうけどな」
俺が言った余計な一言は凜の肘が俺の脇腹に突き刺さることで揉み消された。痛い。
凜が動いた瞬間に身構えたからよかったものの、もしも全く気付かない無防備な状態から攻撃を受けていたらきっと深いところに入っていた気がする。
「空くんはカメ好き?」
「俺は生き物自体があんまり......。人間も含めて」
「群れるのが嫌いとか?」
「そうなのかなぁ......?」
「だったら一匹狼とか好きなんじゃない? だって一匹だし」
一匹狼という名前の動物はいるのだろうか。一人で突っ走る奴のことを比喩表現で使う「一匹狼」なら知っているがシロクマ、とかワニ、のように動物として一匹狼を見たことはない。
俺が黙っているのを見て凜は自分が何か変なことを言ってしまったのではないかと少し思案していたがやがて何もなかったと結論付けたのか、平気な顔をして遅れていたカメの後ろに付いていった。
俺も確証がなかったので指摘はしなかった。
「なんか、ウサギと亀みたいだよね」
「......ん? 何が」
「私たちとクラクションくん。まぁ私たちはウサギじゃなくて人間なわけだけど、競争している感じがするじゃない?」
じゃない? と言われても。俺はとりあえず、そうだねと相槌を打って先を促す。
「あの、すみません。ちょっとお時間よろしいですか?」
凜が話そうとした時と同じくして大きなカメラとマイクを持った如何にもテレビの人、というような感じの人が話しかけてきた。
凜はむすっとしたが、それも束の間、今まで散々鍛えてきた学校の「吉川凜」スタイルを構築して応答した。
「実は今、この新しくできた遊園地を取材しておりまして......。できれば少しだけお話を伺いたいな、と」
「何の話ですか?」
「この遊園地に来ようと思ったきっかけや、来てみて思ったことなど、率直な意見をお聞かせ願えたら、と」
お聞かせ願いたいなら他の人にも話しかければいいのに、とは思うのだが相手は数字も気にしなければいけない地上波の取材班。
そして忘れてはいけないのが吉川凜は百人に聞けば百人がそうだと答える美貌を持つ少女。
狙い撃ちに来たな、と結論に達するのは馬鹿でもできる。
俺はどうせ押されに押されて、引き受けざるを得ない状況にさせられることが目に見えていたので邪魔にならないところに寄って、終わるのを待つことにした。彼らにとっては俺などいない方が凜をテレビいっぱいに表示できる。
「だってさ、どうする空くん? あ、あれ? 何でそんな離れてるのよ、もっとこっちおいでよ」
何で俺を呼ぶんだよ、俺の意図も察してほしい。
しかし呼ばれた手前、行かないわけにもいかず俺は仕方なく凜のもとへと移動した。
「もしかして彼氏さんですか?」
何の悪意もないリポーターの質問が俺の心をえぐってくる。いや、実際は俺の被害妄想が激しいだけなのだろう。だが実際に付き合ってもないし、みてくれでは天と地、いや女神と泥まみれのどじょう、ぐらいの差があるのだからそう思うのも仕方ないのではないだろうか。
......おっとこれは考えてはいけないんだったな。凜に怒られてしまう。
俺は凜と顔を見合わせて眼だけで会話をする。
『何て答えようか。普通に友達です、にしとく? それともカップルですって言いきる?』
『何も答えない方針で行こう。質問を撤回させよう』
お互いが頷いてリポーターと向き合う。
何も答えないので俺はもちろん何も言う気はない。凜も同じ気持ちだろう。後はリポーターが「ごめん、早速聞かせてもらいたいんだけど......」と切り替えてくれるのが理想だ。
さぁ早く。その言葉を吐くんだ!
「あ、私たちカップルです。付き合ってまだ一か月ぐらいしか経ってないけど!」
そして俺が望んでいた瞬間に発された言葉はむしろ俺を硬直させていくには十分すぎるほどの爆弾だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます