第49話「宝島と書いてカメさんと呼ぶ」

 遊園地の敷地内には大きな湖がある。そしてその湖はエリアの真ん中に堂々と存在していて衛星写真を見てみるとドーナツのような形をしている。

 そして湖の中にはいろいろなものが眠っているらしい。


 そういうアトラクションもあるのだが、今回はスルーである。一番乗りたいと決めていたジェットコースターの時間が刻一刻と迫ってきているのだ。だからそろそろ戻る必要があるのだが、凜はとある動物にくぎ付けになっていた。


「カメさんが歩いてる......!」


 そう。カメである。

 種類はリクガメになるのだろう、重たい身体をしっかりと支えるために発達した足がのっそりのっそりとそれでいてしっかりと一歩ずつ前進していた。


「カメのクラクションくんがお散歩していますよ~」


 クラクションくんってもう少しネーミングセンスなかったのか?

 従業員というか飼育員さんが声を張って宣伝している。いや、これはカメの進行を妨害しないように呼び掛けているのだろう。クラクションくんに気が付いた人々がどんどん周りに散っていき、一種の街道が作られていた。


「空くん! カメさん歩いてるよ! かわいい!」

「女子高校生って何でも可愛いっていうから信じられない。......いや、何でもない。そうだね、かわいいね」


 凜からじとっとした視線を向けられたので真面目に本心を伝える。そうですよ? こっちが本心です、信じられないとか言ってたのはただの邪な気持ちで本心ではありません。


「このカメさんは『宝島』っていわれてるんだよね~。なんでか知ってる?」

「そもそもカメがここで歩いてること自体驚きだよ。何で宝島?」

「それはね、このカメさんは自分でお散歩コースを決めてるの。この子の凄いところはその最後はいつも何かしらのアトラクションの前で終わるんだよね。それで、そのお散歩コースの最後のアトラクションに並んでいた人の中でカメさんが一番近くに寄って行った人には特別な何かがもらえるらしい」

「その何かっていうのはわからないのか」

「それがみんな羨ましいのか、デマみたいなものも多くてどれが正解なのかわからなかったの」


 この遊園地は開園したばかりだからなのか結構そのようなイベントを多く設置しているように思われる。集客目的なのは理由の一つに入っているだろうが今後さらに増えていった場合、継続が難しくなりそうな企画だな。

 そう考えると今のうちに伝説となりそうなこのイベントには是非とも参加しておくべきなのだろうが、残念なことに時間が押している。俺のせいだけど時間が押している。


 凜に聞くとおそらく俺に合わせてくれそうなのだがそれでは俺が心苦しい。何とか参加しつつ間に合うようにはならないものか。

 そう考えを巡らせていると、凜が俺の袖口をくいくいと引っ張ってきた。


「カメさんが私たちの進行方向と同じ方にお散歩し始めたから付いていかない?」

「おっ、ちょうどいいから付いていくか。こういう場所で人以外の生き物を見るとなんか和むなぁ」

「あ、それちょっとわかるかも。列とか並んでるとイライラしてくるから私と知ってる人以外の人間だけ消滅しないかなぁって考えたり」

「え、そこまで過激な考えは俺持ってない」

「べ、別に過激じゃないもん」


 充分過激です。凜と知り合いになっていなければ消滅する未来しかありませんとかどんな鬼畜仕様ですか、俺はたぶん生き残れるので大丈夫だろうけど他の人があまりにも理不尽すぎて可哀そう。


「あとマジ切れしているおじさん嫌い」

「何の付けたし?!」


 だそうです。

 小学校、中学校といわれてきたように誰かの失敗がその学校の顔に泥を塗ることになります。それと同じで誰かの犯罪によって全世界のおじさんが連帯責任を負うことになります。気を付けてください。


 凜の偏見に基づく好き嫌い判定は収拾がつかなくなりそうだったので適当に切り上げて、俺たちはクラクションくんに付いていくことにした。

 とっても今更だが、どちらかというと「アクセルくん」ではないだろうか。


 止まることを知らないかのようにずんずん突き進んでいくカメは車で例えるとアクセルをべた踏みしているような感じだろう。そして後ろに張り付いて「クラクションくんが通りますよ~」と高らかに宣伝している飼育員さんの方がどちらかというとクラクションの役割を果たしていると思わなくもない。


「おまえは今日からアクセルだ」

「え、何? どういうこと?」


 俺の呟きに凜が全くついていけずに混乱していた。

 分からないならそのまま放っておいてもよかったのだが、どうしても知りたそうな顔をしていたので手短に話してみた。すると、


「確かに言われてみればそうだけど! そんなことを真面目に考えてる人は初めて見た。名前は名前で何も違和感なく入ってきてた」


 理由を分かってはくれたが考えるきっかけは否定された。

 普通の人は名前をとやかく考えることはしないらしい。クラクションでも、しないらしい。今はキラキラネームとか流行ってきているし、人の名前をいちいち気にするような時代ではないのかもしれない。

 と、時代で片付けられたらよかったのだが、俺はまだ高校生なので今の時代の人なのである。このギャップ、どうにかならないものか。

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