第48話「食べ歩き」

 だいぶ酔いも収まってきた俺は凜とともに適当に持ち歩けそうな美味しい食べ物を買って食べ歩きをしていた。

 俺は結構腹にくるものを食べておこうと思い、骨付き肉を頼んだ。遊園地内には多めにゴミ箱が設置されているのでゴミに悩むことはないだろうという打算的な考えもあった。


 凜はポップコーンケースにいっぱいのキャラメルコーンを詰め込んで、少し歩いてはそれを開けてひとつまみつまんで美味しそうに頬張っていた。

 それだけ聞くとご満悦な小さい少女のような印象を受けるが、そうではなく彼女は年相応の妖艶さも醸し出していた。ポップコーン一つで? と疑問に思うかもしれないが事実なのだから仕方ない。


 本人は普通にしているのだろうが、どうにも......はっきり言ってしまえばエロい。

 手についたキャラメルを舌を少し出して舐めとる様子が男の何かを湧きだたせてくるように感じられる。うまく言葉にできないのがもどかしい。


「空くんも食べる? キャラメルポップコーン」

「ちょうど食べ終わったし、ちょっとだけもらおうかな」


 俺は手を皿のようにして凜に差し出した。凜はその上にすくったポップコーンをぱさっと置いた。そのときにふんわりとキャラメルの匂いがする。

 ポップコーンを食べるのも久しぶりだなぁ、と思いながら手の上にあったポップコーンを一気に口へと持っていく。その様子を見ていた凜が「おぉ」と変な声を上げた。


 俺が何事か、と視線で送ると凜はそれを察して、


「豪快にいったから空くんもやっぱり男の子なんだなぁって」

「ポップコーンを盛大に頬張る女の子だっていると思うけど」

「そんなはしたない女の子はいません」


 全世界の女の子謝った方がいいぞ。それを楽しみにしている人だっているのかもしれないのに。

 今のご時世的に否定をしては必ずどこかで批判が飛ぶ。だから個人的には受け入れられないことであっても受け入れようとする姿勢を見せたり実際にそういうアピールをしないといけない。


「例えば、彼氏に『俺、リスみたいに頬張って食べてくれる人がタイプなんだよね』といわれたとしよう。そのとき、凜ならどうする? 好きな人のタイプを実践しようとするとそれははしたない女の子になってしまうが」

「そういうときは全力ではしたない女の子をするの。周りの視線なんて気にしないわ。だって私の人生でかかわりがあるのはその彼氏だもの。そっちを優先するわ」

「結構即答なんだな」

「こういうことでは悩まないようにしようって決めてるの。悪い?」

「いいえ、滅相もございません」


 俺は凜が少しまぶしく感じる時がある。それはもちろん住む世界が違うからだというのは重々承知しているのだが、それでもその自分を堂々と見せるところとか自分の信念のようなものをしっかりと芯にしているところとかは見習わないと、と思わされる。


「でも、私が私らしさを出せる人をパートナーにしたいな、とは思ってるわ」

「私らしさ?」

「女の子はいろいろと気を使ってるの。相手の男性の好みに合わせようとしてみたり、褒められようと普通では着ないような服を選んでみたり。それを褒めてくれるからなかなか自分を出しづらいの。あ、もちろん相手のせいじゃないってことはわかってるんだけど」

「作った自分を褒められているから素を出すのが怖いのか」


 凜の言葉を引き継ぐようにして俺は言葉を紡いだ。

 相手に気に入られようとする。それ自体は決して間違いじゃない。だが度を過ぎてしまうとそれは自分ではない誰かになってしまう。同じ自分のはずなのに違う人を演じているような気分になってしまう。けどもう引き返せない。

 自分をさらけ出したときに落胆されてしまうと目に見えているから。どんな顔をするのか予想がつくから。


「そんな風にする恋って楽しいのかな?」

「この人以外ありえないって思うぐらいの強い気持ちがあったらそれもまた試練だって考えて楽しいのかもしれないね」

「凜はどうするんだ?」


 俺は自然と訊ねていた。

 彼女はまだ交際をしたことがないらしい。だとするとこれからたくさんの人々とパートナー探しをすることになるのだろうがそのときにさっきのように仮面をかぶって第二の似ても似つかない自分を作り出すのだろうか。


「今の恋が最初で最後だと思ってるよ? もしも成功すればその人はきっと私を私のままで迎えてくれるような気がする。失敗しちゃったらその時はその気持ちだけ持ってもう恋はしないかな」


 相手の人めっちゃ責任重大じゃないか......!

 こんな地球にふたりといない絶世の美少女に気に入られた挙句にもしも振る、ということがあればそいつは世界の宝を失ったといっても過言ではない。死刑ものである。


「その恋叶うといいな。というか、凜に告白されて嫌な奴は誰もいないと思うけど」

「そうかな? 私って結構面倒くさい性格してるよ?」

「まぁ否定はしない。適当に誰かと付き合えばいいのにそれすら嫌がってなんでもないただの隣の席だった俺にこうして偽の彼氏の役をさせるぐらいだもんな」

「だって私の好意がまったくないのはお付き合いしてるのに可哀そうでしょ。空くんは何の感情もなさそうだったしいいかなぁって」


 まぁなかったな。あの時は。

 まだ。

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