第44話「遊園地」

 そこは言ってみればカップルの巣窟だった。視界のいたるところで男女が仲睦まじく話したり腕を組んだりしている。中には喧嘩している組もあったが一人で行動している人は誰もいなかった。


 この遊園地は最近できたらしく俺も気になっていたので今後、いつか時間ができたときにでも行ってみようと思っていたのだが、この風景を見て確信する。

 今日来ておいてよかったということと、絶対に一人ではこないということを。


「人多いね。まだできて一か月も経ってないから仕方ないけど」

「みんな考えることは一緒らしいな。今回はアトラクションにどんどん乗っていくっていうよりもこの場の雰囲気を楽しむって感じにした方がせかせかしなくて楽しいかもな」

「そうしよっか。デートは雰囲気を楽しむものってあおちゃんが言ってたし」


 すっかり先輩風をふかしている高市に完全に毒されてしまっているような気がする。これは後で多少の嘘が混じっているかもしれないことを伝えた方がいいのではないだろうか。

 俺はともかくとしても今後の彼氏が難易度高すぎる。


「でもまぁ絶対に乗りたいものぐらいは決めておこうか。それなら我慢したって感じもでないだろうし」

「絶対に乗りたいもの......? あんまり考えてこなかったなぁ。もう少しちゃんと調べてくればよかったとちょっと後悔」

「絶叫系が好きならジェットコースターでもいいし、苦手ならドライブ感覚で楽しめるゴーカートとか、ホラー系ならお化け屋敷もある」


 富士の方にあるハイランドのようにほとんどのアトラクションが泣く子も黙る絶叫系型アトラクションというわけではないので、そういうのが苦手でも楽しめるように設計されている。

 俺は乗ったことがないので得意なのか、不得意なのかわからない。ただ、ジェットコースターを見て楽しそう、とは思わないのでそれで大体察している。


「ジェットコースター乗ろうよ」

「絶叫系好きなのか?」

「いや? あんまり得意じゃない」


 いや、わけわからん。

 得意じゃないのにわざわざ絶叫系を選ぶなんて......。もしかしてそういう趣味でも持っているのだろうか。

 俺の難色を示した表情から俺が何を考えているのか察したらしい凜がぐいっと俺の腕を引っ張って、


「空くんが叫んでるところが見たい」


 そういう趣味はどっちかにしておいてくれませんかね。


「俺が叫ぶところなんか見ても面白くないだろ」

「面白いかもしれないじゃん。それに、面白いかどうかじゃなくて日頃あんまり表情に出ない人が絶叫するっていうギャップがいいんじゃん」

「ごめん、じゃんっていわれてもわからん」


 そういうギャップって言われても困る。

 もしかしたら俺は無口でただ乗っているだけかもしれないし、絶叫を超えて気絶しているかもしれない。その時でも結局話してはいないわけだから無口になるだけで......。

 そう考えて初めて、こういうことではないのだろうな、と気づく。


 彼氏との時間を楽しみたいのだ。それがたまたま今回は俺だったというだけで。


「私が勝手に楽しむだけだからいいよ。それよりどうするの? 先にお土産買う?」

「先に買ったら持ち運ばないといけなくなるから面倒だろ? お土産は最後。まずは......ちょっと歩かないか?」

「歩くってこのテーマパーク内を?」

「そう、そこで楽しそうなアトラクションがあったらファストパスでも取ればいいし、近くで小腹を満たして奥の方へ行ったらもっと美味しそうなものがあったとか悲しいだろ」

「私はいいけど、空くん忘れてないでしょうね? この遊園地で遊ぶのもそうだけど私と勝負すること」

「大丈夫、ちゃんと覚えてるよ」

「歩き疲れたって駄々をこねても付き合ってもらうからね?」


 帰宅部のほとんど引きこもりみたいな俺に対してなぜそこまで勝負に固執するのかよくわからなかったが、それももちろん念頭にはあったので頷いた。


 実際にくまなく歩いた場合、足にかかる負荷は想像を余裕で越えてくる。そのため、ざっくりとしか回るつもりはない。凜もその考えにはきっと同意してくれるだろう。


「あとはぐれないようにしないとね」

「大丈夫じゃないか? ずっと......手を」

「ずっと、何? はっきり言ってくれないと私分かんない」

「......わかってるくせに聞くな」


 恥ずかしくなって少し突き放すような言い方になってしまったが凜は可笑しそうに笑った。

 俺をからかって面白かったのだろう。今後はからかわれてやる気はないけどなっ。


「空くんは誰かときたことあるの? 彼女とか、お友達とか」

「残念ながらそういう人は俺には一人もいないので、凜が初めてだよ。というか、一か月前ぐらいならもうほとんど知ってるだろ」

「友達作り頑張ってたから、もしかしたらプライベートで遊びに行ったりしてるのかなぁと」

「行ってないよ。俺のプライベートを一番よく知ってるのは凜だと思う。そりゃ、仕事の打ち合わせとかになると父さんの方が詳しくはなるけど」


 俺の素直な一言に対する返事はなかった。何か言ってはいけないようなことを言ってしまったのかと思ったが、どうやらそういうことではないらしい。

 凜は「ばか」と小さく俺を罵った。

 嬉しくはなかったのに赤面している凜を見て笑い出しそうになった。

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