第42話「噴水」

 デートと言えば、待ち合わせだそうで俺は約束の時間の十分前から待機していた。

 二時間前に来ても「今来たところだよ」というのがセオリーらしいのだがそんなアホらしいことは俺にはできなかった。約束の時間よりも二時間前に来ているならばそれは時計の読めない病気を疑った方がいいし、二時間も相手が遅れてくるのならばそれは脈なしと判断して即帰るべきである。


「ばかみたいにペアルックとかいったけど、何もペアルックのもの持ってないんだよなぁ......。凜はどうするんだろ」


 そう呟きながら頭の中では今日のプランを反芻していた。

 今まで散々貯めてきていた金の貯蔵は十分だし、いい感じの食事処も予約した。


 これだけすると本当の彼氏と彼女のようだが実際には違う。これまでは利害関係が一致した者同士がただ相手を利用するだけだった。だが実の一件を終えてその被害はだいぶ鳴りを潜めている。今はお互いを本当の彼氏だったら? 彼女だったら? とシミュレーションを兼ねているのではないだろうか。自分のことなのにどこか他人事なのは俺に今後、彼女ができるとは思っていないからなのか、それとも......。


「おまたせ、待った?」


 時計の針が約束の時間ちょうどになったときに凜が手を振りながらこちらへ向かってきた。他のその場にいた人全員の注目の的になっていたが。

 彼女は白を基調とした服を着ていた。

 茶色の短めのシャツとその上に白いジャンパーを羽織り、下は白いロングスカート履いていた。


 肌の露出は少ないものの、それが逆に想像力を掻き立てられる。とても美しく、俺は隣で歩けることと、凜に知り合えたことに深く今一度感謝した。


「いや、待ってないよ。時間ぴったりだし」

「まぁね、待ち合わせしようって言ったのは私だし、その私が時間を守らないわけにはいかないでしょ? それに空くんなら遅れたら帰りそうだなって」


 よく俺の性格をご存じで。

 だがそういうところまで知られているとすべて見透かされているような気持になってしまうのでできればそういうことはあまり言わないでくれると助かります。俺が傷ついたときとか慰めてほしいときとかにさりげなくいってくれると尚喜です。


「空くんの服って......あの時の?」

「そう、凜が選んでくれた服にちょっとひと手間加えてみた。どうかな、戻した方がいい?」

「ううん、よく似合ってる」


 そういわれてそういえば俺はまだいってない、と気づく。


「凜もよく似合ってるよ。声かけたくなるぐらい」

「それって誉め言葉なの......? でもありがと。頑張って選んできてよかった」


 うまい言葉が見つからなかった。

 しかし凜は苦笑しながらも喜んでくれたように思う。それだけで俺は生まれてきてよかったと思った。帰りにトラックにひかれても文句は言わない。


「せっかく選んできたんだしそのまま行こうか」

「え、でも空くんがペアルックがいいって言ってたよね?」

「たぶん俺と一緒の服を着るよりも今の方が可愛いから。それにせっかく選んだのに勿体ないでしょ」

「......そうね」


 ざーっと噴水の音が大きくなる。俺の耳は雑音をかき消しているらしい。今聞こえてくるのは凜の声と水の音だけ。

 凜の声色が少し険しくなったのを感じて何か間違ったことを言ってしまったのではないかと思う。だがその何かがわからないので俺は黙り込むしかなかった。


「......でも、ちょっと楽しみにしてたんだ。ペアルック」

「......。そっか、ごめんなその気持ちに気づかないで勝手なことばかり言って」

「いいの、私がちゃんと伝えてなかったせいだし」

「なら、着なくてもいいから買っては帰ろうか。室内できるような服にしてさ」


 ちらっと凜の表情を窺う。

 彼女は必死に気持ちを隠そうとしていたようだが全然隠しきれていなかった。やった、と小さく呟きながら嬉しそうに口角をあげていた。


 何だろうこのかわいらしい小動物は。


「そうするっ! じゃあ連れてって!」

「じゃあ行くか。とりあえず電車に乗って移動するぞ」


 そういって俺が動き出す。そして数歩歩いたあたりで気づく。

 凜が付いてこないのだ。なぜだろうと思って振り返ると彼女はうつむいたまま動く気配がなかった。俺は何事かと思って戻った。


「ねぇ空くん」

「うん?」

「これってデートだよね」

「......まぁ他の人に聞けばデートだっていうんじゃないか? 俺と凜の事情を知らないと」

「じゃあ空くんは? 私とデートだって思ってる? それともただ私が行きたいって言ったから連れてきてくれただけ?」

「......凜の迷惑になるかもしれないけど、今日だけは凜とのデートだっていう気持ちで来てるよ。だから日頃は気を付けもしない服装だって悩んだし、待ち合わせにわくわくしたりもした」


 自分で何を言ってるのだろうと思う。そんな俺の感情を押し付けても彼女に何のメリットもないしただ迷惑なだけだろう。俺の気持ちは押し殺さなければ凜とこれから付き合っていくことはできないし、そもそも叶うはずもない願いなのだ。


 だが、どうやら今日は魔法がかかっているらしい。

 俺になのか、それとも凜になのかはわからないが。俺は凜がそっと差し出してきたその白くて今にも折れてしまいそうな華奢な手を取った。

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