第39話「ゲーム」
「これだけ勉強したからそろそろ休憩しないか? 具体的にはゲームとか」
俺がそう声をかけたのは集中力が完全に切れたからであった。いくら面白い授業をしてくれていたとしてもずっと集中力が持つわけではない。波があってそれはいつかぷつりと切れてしまう。
俺の場合、日頃から勉強などはもちろんしていないので凜からすると早かったらしくやや難色を示された。それでも切れてしまったものはしょうがない。凜にさらに視線で勧誘するとため息とともに彼女はペンを置いた。
「ゲームって何をするの?」
「何かしたいものとかあるか? まぁここにあるものじゃないとできないけど」
「そうね......。テトリスとかぷよぷよならしたことあるけど、このハンドルみたいなやつは何?」
「あーそれは誰もが一度はしたことのあるレースゲームだな。キャラクターの乗る車をそれで操作するんだよ」
「ふぅん」
凜はしばらくそのハンドルを持って感触を確かめていたが、ぽいっとすぐ近くに置いた。
それをするのかとばかりに思っていた俺は推測とは違う動作に少しだけ戸惑った。
「新しいことに挑戦することは大事だと思うけど、まずはやったことのあるゲームで楽しむ」
どうやらテトリスやぷよぷよを楽しんだ後でマ〇オカートをするらしい。
俺は設定やいろいろと準備をしながら凜にコントローラーを渡す。俺も結構久しぶりだから全部暗記できているのか不安だな。
俺が頭の中で記憶を探っていると、凜が堂々とした表情でびしっと俺の方に指をさしてきた。
「勝負だからもちろん全力よ? 空くんが手を抜いて勝っても全然うれしくないから」
「泣かない? 大丈夫?」
「そんなに負けず嫌いじゃないもん! それにぷよぷよなら私もやったことあるんだからそうそう簡単に負けたりはしないはずよ」
俺はとても困っていた。具体的に言えばこれから訪れるであろう未来についてどうすれば一番マシな結果になるのだろうと模索していた。
ゲームには大体セオリーがある。
それはスポーツとまた通じるところがあるかもしれない。テニスで始めはクロス方向に打ち合うのと同じように、サッカーでキックオフの前に陣形を整えたり。それと同じようなものがゲームでもある。
俺はそれを知っていて、凜はそれを知らないようだ。
それはプロと始めて一週間のプレイヤーが戦うエキシビションマッチと同じ。
だからする前から結果は見えていて、
「......なんでそんなに強いのよ」
俺は完全に拗ねた凜にどうしたものかと頭を悩ませていた。
彼女なりに自信があったからこその態度なのだろうが、全力で、と言われた手前、手加減はできない。
「.....暗記したから?」
「英語とか社会とかの暗記はできないけどゲームの暗記ならできるのね......」
「えっと、なんかごめん」
「いいわよ。私が全力って言ったから空くんは全力でしたのだろうし。まぁ手加減されても気づかなかったでしょうけど」
その一言が俺の心をちくりと刺したような気がした。
別に堂々としていればいいのだが、凜と二人きりの環境であることと、大人げなく久しぶりだということも相まって全力を出してしまったことに気まずさを感じていた。
いそいそとディスクを変えながら俺は凜に話しかける。
「次のゲームは一人でやってみなよ。操作方法がわからないと勝負しようにもできないし」
「空くんが教えてくれるなら」
「隣にいるのは構わないけどたぶん居るだけで他に教えることは何もないと思うぞ」
「いいからいいから」
凜に言われるがままに俺は凜の隣に座る。
そして俺の簡単な説明を聞いて凜はゲームをスタートさせた。
アクセルとバック、そしてアイテムの使い方は教えたので一応ゲームとしては成り立つはずだったのだが。
ふら~~~、ぼすっ。
「あの、これは違くて......。倒れようとしたんじゃなくて曲がろうとしただけで」
「別に自分が曲がる必要はないんだぞ? ハンドルを切ればそれで」
ふら~~~、ぼすっ。
ゲーム内でカーブをするときに凜はどうやら上半身も一緒に曲がってしまうらしい。俺は微笑みが漏れ出てしまいそうなのを一生懸命に抑えた。彼女は一生懸命にやっている。それを笑うのは失礼というものだ。だがそうはいっても面白いものは面白い。ただ芸人のネタに対する面白いではなく小動物や愛らしいものを見ているときに感じる面白いなので自然と口角が上がってしまいそうになる。
「右カーブばかりで空くんに頭突きばかりしてる気がする」
「反対側には何もないから気をつけろよ?」
「空くんも私みたいになる?」
「いや、ならないな。というかほとんどの人がならないんじゃないか? ハンドルだけを回せばいいんだから」
「頭ではわかってるつもりなんだけどどうしても身体が動いちゃうんだよ」
そんなことを言っているうちに左カーブがやってきた。
気をつけろよ、といったばかりなので大丈夫だろうと思いつつも俺は画面と凜の身体の両方を注視してみる。
ふら~~~。
俺はそのまま倒れると机の角に頭をぶつけてしまうと思った。そしてそう思ったときには身体が動いていた。
腕を左肩に回して思い切り引き寄せた。
「危ない。もう少しで机の角に頭をぶつけるところだった......ぞ」
凜がハンドルを落として、彼女の動かしていたキャラクターは奈落の底へと落ちていた。
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