第38話「勉強」
結局、昼過ぎまで説明をし続けてようやく納得してもらった。父さんには帰ってきても当分何も作ってやらないことにする。
凜も誤解が解けると俺が悪いわけではなかったと認めて、謝ってきた。俺も謝罪してもらおうとは思っていなかったので同じように頭を下げた。
学校がないらしいので誤解されなければどこか美味しいパン屋でも行こうかと思っていたのだが昼前にさしかかっているのでこれでは行っても人が多くては入れないだろう。またの機会に、ということになった。
じゃあほかにすることないのか、となり......。
「勉強」
「ゲーム」
そして俺も凜もうへーという顔をした。
俺はせっかくの休日に勉強をするほど真面目ちゃんではないしそんな無駄なことに時間を使いたくはない。確かに俺だって真面目に予習復習をしていた時期もあった。だがそんなものは自分の自己満足にしかすぎず、テストに反映されなかった時点でやめた。
学校には内緒で父親の手伝いという形で仕事もしているしそれをもっと大々的にする必要はあるが将来の職業にしていこうとも考えている。
だがそんな俺でも空気は読む。暇になった時間に仕事をするなどといえば凜は孤立してしまう。だから俺はゲームを提案したのだ。したのだが。
「どうしてこんなに時間があってゲームなのよ。空くんはあまり成績が良くないのだからもう少し勉強をするべきよ? 今なら私も教えてあげるから」
「勉強するならもう一度寝る。隣の席だから知ってるだろ、俺が授業中にぐっすり寝ていることぐらい」
「もちろん知ってるよ? いろんな先生に目をつけられてるのに態度が全然変わらないんだから、みているこっちが冷や冷やする」
「女の先生はそうかもしれないが男の先生はどうせ凜目当てだぞ? 俺はその体のいい言い訳」
俺がわかってないな、とでもいいたげに首を振りながら言うと凜は少し考えた後、
「彼氏はそれでいいの?」
先生にですらそういう視線で見られてかわいそうだな、としか思わないのだが恐らくその答えは違うのだろう。俺もそれなりに分かってきたつもりだ。
だからこういう時は......。
「いくない」
「でしょ? だったらそういう言い訳にもさせないように空くんも頑張らないといけないんじゃない?」
「......教育委員会にでも訴えた方が早いのでは?」
「......訴え方わかんない」
そっちかよ。
一応、彼女の認識でも男性教員にそういう視線で見られているという自覚はあるらしい。ただどこに相談していいのかわからないのだ。
ちなみに俺だってわからない。まぁそれで困ったことはないので別にこれからも知ろうとは思わないのだが。
「調べたら出てくるはず。まぁそれはいいんだけどさ、勉強ってすぐに眠たくなることないか? やたらと暗記しないといけないし、そもそも解き方がわからないから解法のしようがない」
「やり方次第だよ? 私もたまに眠たくなるから人のことはあんまり強く言えないんだけどね、自分が論理的に納得できるようになるまで詰めていけばいいんだよ」
極論が飛んできた。それでできれば苦労はしない。
だが凜がとてもいい表情で話すものだから俺はついそれを言葉にすることなく聞いていた。
「たとえば英語の文法って考え方次第でそんなに覚えなくてもいいんだよ?」
そういって俺を隣に来いと手招きしてくる。俺はその手招きにつられるようにして凜の隣に座った。ふわっといい匂いがした。俺と同じせっけんを使っているはずなのに甘い匂いがした。
凜は俺が匂いに魅了されている間に参考書とノート、そしてメモに使うらしい裏紙が白いものを持ってきた。
「......マジのお勉強するの?」
「マジ以外のお勉強があるなら教えてほしいな。学校の先生よりもきっと面白い教え方するから」
「そんなこといってると先生に嫌われるぞ」
「嫌われないでしょ。英語の先生は男の人よ?」
「そういう意味じゃないし、自分で言うのはやめなさい」
他人とか俺が思う分には何の抵抗もなかったのだが凜が自分で言うとそれは何か別のものをはらんでいそうでもやっとした。
普通に凜の成績ならば嫌われることはない。きっとその意味で言ったのだろう。そうに違いない。
「......やきもち?」
「別に? 焼きもちなんか焼いてませんけど? 俺はただ俺と同じ年月しか人生経験積んでない人がプロの教師に敵うなんていうから窘めただけですけど」
「ふぅん」
実際にはそのプロの教師の授業を俺は聞いていないのだがそのことを深く追及されることはなかった。だが「ふぅん」で終わるとそれはそれで気になるし不安にもなる。
そんなこんなで始まった勉強だが、結論を言えば俺は今から凜に授業料を払うべきだと思う。
目から鱗だった。
凜がここまで丁寧に教えてくれるとも思っていなかったが何よりも、面白くもなんともなかった勉強が輝いて見えるほどには面白かった。
完全に個別指導で隣にぴったりとついてくれてたまに肩がぶつかったりしたがそこで青春を感じることなく勉強に集中していた。
あとでよくよく考えてみればそれは果たしてよかったのか、と疑問を抱くところだが当時はそれでよかった。
ただひとつ、問題があるとするならば。
「学校辞めて凜が教えてくれたら俺は東大でも行けそう」
学校の必要性が失われそうになっていた。
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