第35話「更新」

「ところで、押しかけたついでに確認したいことがあるんだけど」


 凜がそんなことを言ったのは夕飯を終えてのんびりと過ごしているときだった。押しかけた、という意識はあったのだな、と思うとともに何だろうという疑問も浮かぶ。

 まだ俺の意識が飛ぶかどうかの心配が落ち着かないのだろうか。それで密着でもされようものなら簡単に意識を手放してしまいそうなのだが。

 だが、そんな俺の予想はまったく当たっていなかった。


「そろそろ話さないといけない頃じゃないかな、と思って」

「話すって何を?」

「定期更新をどうするかって話」


 それを聞いて、そういえばと思い出す。

 俺と目の前にいる凜は付き合っていない。学校から帰るときはなぜだか雰囲気に流されてそれっぽいことをしてしまったが、実際は何と呼べばいいのかわからない関係である。

 俺が凜に対して告白をする輩の防波堤となり、その見返りとして陰湿ないじめのようなものから守ってもらう。そしてついでに彼氏気分を味わえる。


 俺は偽彼氏で凜は偽彼女という一癖ある関係なのである。


 そしてその関係を続けるかどうかは俺の意思によって決まる。俺に対するデメリットの方がメリットよりも多いと判断したときにこの関係を断ち切ることができるのは俺だけの特権。だがそれを急に言うのも申し訳ないし、言われる方はたまったものではないだろう、という配慮から一定期間を設けて定期的に更新していく、ということで合意した。


「最近はいろいろあったし、二人で誰にも聞き耳を立てられることなく話せる時間は取れなかったから......。こういうときにこそ、と思って」

「確かにな。高市や前原と遊びに行ったり、実を追い詰めるために安部に会ったり萩に連絡したりといろいろあったからな」

「まぁ別に? 私的には空くんがたくさんの人とお話ししてていいと思うけど、たまには私だけに時間を割いてくれてもいいんじゃないかなぁって、ね?」


 ぐいっと俺の方に身を乗り出してくる。

 その場に凜もいたとはいえ、傍観者に徹していたのは俺も隣で分かっていた。だから何も言い返せないのがつらいところだが、交友関係が広がったのは確実に凜のおかげなのである意味でマッチポンプといえるのではないだろうか。

 そんなことを言ってしまうと恐らく泣かすことになるので黙っているが。


「わかったよ、とはいっても家に二人だから強制的に凜との時間ができるわけだが」

「強制じゃないよ」

「え?」

「携帯とかをずっと触ろうと思えば触れるでしょ? だから話そうって思わないとそういう時間ってできないんだよ。空くんは一人が好きだからそういうことに気づかなかったかもしれないけど、友達と遊びに行ってる中で一人だけ携帯とにらめっこしている人がいたらなんだかなって思う」


 うん、言いたいことは何となくわかった気がする。だが一つ訂正したいのは俺は一人が好きというところだ。

 俺は好き好んで一人になっているわけではなく、誰も寄ってきてくれないから孤立してしまうだけなのだ。その原因は俺の顔の表情だったり、口調がきついからだったりと俺のせいなのだが、好きで一人になっているというところだけは誤解である。


「俺は誰かが隣にいるとき携帯を触るようなことはしない」

「うん、空くんはそういう人だって知ってる」

「そっか」


 俺を知ってくれている人がいる。それだけでなぜか心が温かくなってくる。何かをしてもらったわけでも何かをもらったわけでもない。ただ知ってくれているというだけでこんなにも心が満たされるなんて知らなかった。


「定期更新の話だってもう俺の答えは決まってる。凜がもういいっていうまでは俺が役目を引き受けるよ」

「......大丈夫? 負担になってない?」


 凜は不安そうに俺の顔を覗き込んでくる。これまでのことを振り返って負担に感じているのではないか、と思ったらしい。

 確かにいろいろとあった。俺が強引に偽彼氏として凜の隣に立つことをしなければ絶対に会うことはなかったであろう出来事がたくさん。

 辛い時もあった。けど全部終わらせることができたし、終わった後は清々しい気持ちになった。


「大丈夫。これぐらいの方が激動で楽しい青春してる気がするだろ」

「どの目線で言ってるのよ、それだと昔を懐かしむおじさんみたい」


 俺が凜のツッコミに耐え切れずに肩を揺らして笑うとつられたようで凜もくすくすと笑っていた。

 しばらく笑った後、深い息をつきながら、


「ねぇ、定期更新のことなんだけど、ちょっと変更しない?」

「変更って? 不定期更新にでもするつもりか?」

「初回がグダグダだったからしょうがないけど、ちゃんと決めてるんだから定期更新です」

「じゃあ何を変更するんだ?」

「『絶対に好意を持ってはいけない』ってところ」

「......その文言をどんな風に変えるんだ?」

「......なくそっか」


 その凜の提案にどんな意図があったのかはわからない。

 その文言を外したところで何一つ変わらないと思ったのだろうか。


 絶対に好意を持ってはいけない、を消すということは好意を持ってもいいということになるのだろうか。その時に、もしも俺が凜に今以上の好意を抱いていたとするならばそれは付き合っているといえるのだろうか。

 俺はその変化によって起こるであろう未来を想像することはできなかった。経験のない俺には難しすぎる話のようだった。だが、一つ誇らしく思えるのは。


「そうだな。.....好意を抱くのは自由だからな」


 それっぽいことを理屈立てて凜に同意したところだろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る