第32話「保健室」
「......くん! 空くん!」
ゆさゆさと身体を揺らされ、俺はゆっくりと目を開けた。そこにはこの世のものとは思えない美貌を持つ少女がいたがその表情は心配に押しつぶされそうになっていた。
俺はどうやら気を失ってしまっていたらしい。夢で大事なことを見たような気がするがよく思い出せない。なんとなく懐かしい場所にいたような気がするが一体どこにいて何をしていたのだろう。
「ふわぁ......よく寝た」
俺は欠伸をしながら上体を起こした。
その雰囲気に相応しくない俺の言葉が空気を和ませたらしく、凜はほっと安心したようにため息を吐いた。
「本当だよ、あんまり心配させないで」
「ごめんな、あそこで倒れるつもりはなかったんだが......。ああいうことをやったのが初めてで緊張したのかもしれないな」
「いつあの二人に相談していたの?」
凜の疑問はごもっともであろう。
俺が安部と会うところは見たはずだが、萩と会うところは見ていない。
「安部は凜と一緒に教室に行ったとき。んで、萩は凜から手紙を受け取ったとき、だな」
安部とは会話なく会話した。変に聞こえるかもしれないが、言葉を用いてではなく、今まで持ち合わせていた情報と相手の言いたいことを総合して読み合ったのだ。
一方の萩は俺も予想外だった。とはいえあの場では確信していた。
つまりどういうことなのかというと、凜から受け取った手紙の中に、実がこれまでしてきた証拠となる写真と一言「こいつは男として許してはいけない」と書かれた紙が入っていた。
そこで俺はとりあえず実の場所と時間を教えたに過ぎない。あんなにかっこよく出てきてくれるとは思わなかった。流石に漢は違うな。
「......ごめんなさい。細川くんを紹介したのは私だったのに彼の気持ちに気づかなかった」
「大丈夫。結果的に俺は元気だし、凜は俺のためにどうにかしようとしてくれただけだろ? 選んだ奴が悪かっただけで凜が自分を責めることはない」
「うん......ありがと」
今にも泣きそうなほどに目を腫らしている凜に俺はどういう言葉をかけていいのか分からなかった。だから、少しでも笑顔になってもらおうと、
「とはいえ、あの中で一番かっこよかったのは凜だったな」
俺は茶化すように笑顔を交えながら言った。
「あ~、あのセリフ何だっけな、そうそう。『私の彼氏をそれ以上悪く言わないで。私の命に代えても好きな人だから』って言ってたもんな」
「~~~~っ?!」
「ぶへっ?!」
今まで見たことないぐらい顔を真っ赤にさせた凜がそれ以上言うなとばかりに俺の胸を殴ったかと思うと、続けざまに俺の口を両手で塞いできた。
結構な勢いだったからか起こしていた上体が再び横になる。
「あ、あの時は無我夢中で! そんな言葉を言った覚えはないわ! だから空くんもすぐに忘れなさい。すぐに頭の記憶から消し去りなさい。でないと......」
そこでごにょごにょと言い淀む凜。その先を早くいってくれ! 早くしてくれないと俺の呼吸が持たない......!
ふと高市たちと遊びに行ったことを思い出す。あの時も確か、彼女は高市の口をふさぎに行っていたがそれと同時に鼻まで抑えて呼吸困難に陥らせていたな。
今まさに同じ状態にあっている俺は高市はこういう気持ちだったのか、とどうでもいいことを考えていた。というか、まじめに考えられるほど酸素が送られてこないのだ。
ぺしぺしと凜の腕をたたく。
しかし抵抗と思ったのか、さらに強く押さえつけられる。
まずい、このままじゃ死ぬ......!
「見舞いに来たぞ? 具合はどう......おいおい! 何してんだ?!」
突如現れた巨漢に助けられた。
どこまでいっても良い漢である。
凜の力では流石に敵うはずもなく簡単にひょいっと持ち上げられてしまう。萩も凜が本当に抹殺しようとは思っていないので優しく「人は鼻と口を両方覆われたら死ぬんだぞ」と説教されていた。
笑いそうだったが我慢した。
「これ見舞いの果物。後で彼女にでも切ってもらいな」
「わざわざありがとう。本当に来るとは思わなかったけど」
「まぁ、本当は首を突っ込む気はなかったんだが、どうにもな。あの写真は俺が撮ったものじゃなくて渡されたものなんだ。そいつがどうしてもっていうから.....」
この男にもいろいろあるのかもしれない。たとえば......恋、とか?
「ともかく、これで執拗に追いかけてくるようなストーカーはいないし、彼氏に嫉妬して暴力を加えてくる奴もいなくなった。文字通りのめでたしめでたしってわけだ」
「俺に暴力をふるってくる奴はあいつだろうけど、ストーカーはまた別だろ?」
「いやいや一緒だ。というより一緒になってもらわないと困る」
萩のその一言で俺はすべてを察してしまった。
義に熱い男に見えて実はこのような策略も働かせることができるのか。しかし、それでいいのだろうか。俺も確かに彼には一言いいたい気持ちはあるし許すつもりもないが、罪をすべて彼にぶつけてしまうのは流石にどうかと思う。
俺の懸念を感じ取った萩がふっと笑う。
その笑みだけで俺だけでなくこの全体の雰囲気が和み、そして安心感が生まれる。萩になら任せておけば大丈夫という気持ちがぞくぞくと湧いてくる。
「ストーカー紛いのことをしてきた奴にもお灸を据える必要があるからな。少し申し訳ない気もするがやり過ぎたってことで被ってもらう。安部もあいつなりに守ろうとしていたみたいだし、ここらで安心感を与えてやらないとな」
「あ、もしかして最近ストーカーに私が気付かないのって......!」
安部がこっそりとストーカーを成敗していたからだ。
俺はここまで考えている彼の案を蹴るつもりはなかった。実との間にもっと友情があったならばまた結末は違ったのかもしれないが、俺は萩を選ぶことにした。
「じゃ、気をつけて帰れよ。今度は俺がお姫様抱っこで運ぶわけにはいかないからな」
「おい、今なんて......?」
萩は俺の問いに答える前に出て行ってしまい、そこには宙ぶらりんになった俺の言葉ときまずそうに眼をそらす凜がいるだけだった。
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