第30話「決着②」
「思えば最初から疑ってはいたんだ。けどその疑いの目を持たなくなっていったのはどうしてだったんだろうな」
俺は屋上に一人佇んでいる一人の男の背中に向かって話しかけていた。凜とは固く手を繋いで離さないようにしている。
彼は何も返さない。
「演技を真実だと錯覚してしまったからなのか、それとも話しているお前の姿にだんだんと心を許していったからかもしれない。周りも疑おうとはしなかったし、俺自身も疑い続けるのはやめて信じてみようと思ってた頃だったからな」
「空くん......」
凜は驚いたように目を丸めていた。もともと大きな目がさらに大きく見開かれていた。
そして俺と視線が合うと申し訳なさそうな表情をした。別に凜が気にするようなことではないのだ。そもそも友達を作ってこなかった俺のせいだし、俺の口調を直そうとしてくれたのも善意から出会って悪意があったわけじゃない。その好意を悪意とみなして非難するつもりは毛頭ない。
非難するとしたらそれは目前にいる奴とコミュニケーションをこれまでしてこなかった俺だ。
「正直、これが俺だけの問題だったらここまで大事にするつもりはなかった。今までのように俺だけが我慢していればすべてが上手くいく。だから荒波立てることなく過ごそうとしただろう。けど今回はそうもいかない」
俺はそこで言葉を切って何か返ってこないかを待った。ずっと一方的に話してきたがそろそろ相手にも話させてやらないと。
俺が一方的にすっきりしてどうでもよくなって帰るかもしれないからな。
そんなことを考えながら待っていると、最初に返ってきた反応はため息だった。
深く重いため息。
「いつから分かってた」
きっと興味本位だったのだろう。その言葉の裏には全てを諦めたような感情が籠っていた。
「最近までわかっていなかった。けど、新しくできた友達に助けてもらって見つけ出したんだ」
「そうなんだ、オレ以外にも友達いたんだな」
俺を執拗に狙い、大事には至らないものの、結構深刻なけがを負わせた張本人。
「ダメじゃないか、友達を作るときは友達に確認しないとぉっ!」
「......実。俺は本当におまえを最初の友達だと思ってたんだぞ」
細川実がくるりと身体を翻し、俺を睨みつけた。
その視線は一瞬だけ外れて俺と凜の手の方へと向いたがすぐに俺の目へと戻った。
「けっ! 誰がお前なんかの友達になるんだよ。冷静になって鏡でも見て来いよ。オレとお前じゃ住む世界、見ている世界が違うんだよッ!」
「俺に近づいたのは凜に接触するためだな」
俺は感情を押し殺しながら淡々と訊ねた。
彼は俺の記憶が正しければ凜の紹介によって知ったはずだ。そしてその時に、凜には恋愛感情はないと言っていたような気がする。だが今となってはあいまいでよく覚えていない。俺の記憶力のなさに我ながら辟易する。
「それ以外あるか? クラスで一番、いや、世界中探してもこんなかわいい子はいない! だがその女の子が悪い男に騙されてそいつのものになろうとしている、オレはそれが許せない。例えばオレぐらいのイケメンが彼氏なら百歩譲ってアリかもしれないがおまえみたいないてもいなくても変わらないような存在のやつにだけは渡さない」
「渡さない、といわれても凜はおまえのものじゃない。誰と付き合うか、誰とどんな生活をするのかは凜だけに選択権がある。俺も含めてほかの人間はただその選択肢の延長線上に立っているだけだ。自分が選ばれなかったからと言って八つ当たりするのは小学生以下の愚行だ」
「......ぐっ! 凜! キミはこいつのどこがいいと思ってるんだ! 毎回毎回キミの隣で告白されているのをぼんやりみつめながらもどこかばかにしたような視線を向けているこいつの!」
実は野次馬の一人としてどこかにいたらしい。そして俺のことを見ていたようだ。確かにそういう視線で見たこともあったかもしれない。それは認める。明らかにはじめましての人ですら告白に来るのだ。そんなもの、断られるに決まっているだろうに。そう思って眉をひそめたこともあったが、それだけでそんなに思われてしまうものなのか?
「私は誰に何を言われようとも私を信じる。私の決めたことを信じる。だから......私の彼氏をそれ以上悪く言わないで。私の命に代えても好きな人だから」
まっすぐ言い切った凜に対して顔をゆがめて膝をつく実。
「うぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!」
声にならない叫び声をあげる。突然のことで俺も凜も驚いて一歩下がった。
それがよかったのだろう。実が思い切り駆けてきたと思った瞬間には左足が出ていた。
「頼む!」
「想像はしてましてけど、まさか本当にこうなるとは......!」
凜を庇うようにして後退する。俺と実の間に入ってきたのは飄々とした顔をしている安部だった。
安部は瞬間的に身をかがめて、実の腹部に思い切りタックルをした。吹き飛ばすかに思われたがそこは実もスポーツをしているだけあってか体幹があるようでぎりっと踏ん張り逆に覆いかぶさる形になった。
「急に現れやがって! なんだよお前」
「あなたも吉川凜という女性に興味があるなら名前ぐらいはきいたことあるんじゃないですか? 安部泰明といいます」
あいつってそんなに有名なの?
だがそれははったりではなかったようで確かに実の勢いが弱まり力も緩まったような気がする。
と、俺の背後から一人の巨漢が前に出た。どうやら来てくれたらしい。
「よ、よし空! いったん話し合おう、な? おまえだってこんな実力行使はしたくないだろ? 円満に解決しようぜ、な? おまえとオレならできるはず......なんだ......よ」
「よぉ、俺の友達《ダチ》によくも酷いことしてくれたな。落とし前だけはきっちりとつけさせてもらうぜ?」
「ぐ......萩!」
思い切り振りかぶった右手のストレートは顔面の真ん中にクリーンヒットした。流石に萩ほどの力には抗えなかったのか簡単に吹き飛ばされていた。
萩がにかっと豪快に笑い、安部が自慢げに鼻を膨らませていた。俺は途端に恥ずかしくなってはにかみ笑いを浮かべた。
実の豹変ぶりに俺は足が震えていたのだが、それを押し殺して凜にかっこよく笑みを浮かべてみせると、凜は安堵からか俺を優しく抱きしめた。
「ごめんね、でも......ありがと。大好き」
俺はすっと意識を手放した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます