第29話「決着①」

 昼休みに凜がクリームパンを頬張るという謎の事件が起こったものの、それ以外は特に変わったことはなかった。あえていうならば友達が委員会で誰もいなくなった実が俺のところにやってきたが、その程度では何も変わらない。


 俺は今日最後の授業が終わると意思を彼に伝えた。もちろん対面ではなく、携帯でだが。

 そしてあとは折り返しのメールを待って堂々と入場すれば終わりである。


「ねぇ空くん、デートプラン決まった?」

「まだ一日も経ってないぞ。......ちゃんと調べたり考えたりしないといけないからもう少し待ってくれ」

「私せっかちだからあんまり待てない」

「待てば待つほどグレードが上がる、と思えば待てるような気がしないか?」

「確かにそれなら待てそうな気がするけど......。空くんのハードルがあがってる」

「初心者ということで甘めに見てほしい」


 百戦錬磨な凜ならばいろいろと思うところはあるだろうが、こっちは素人の「し」の字をようやくスタートラインにできた男なのだ。多少のおこぼれは必要である。それに、褒められた方が次も、という可能性が出てきそうだから。


 俺の言葉にん~、と思案顔で悩む凜を横目に俺はひとりの生徒の動向に目を光らせていた。すると、俺の推測したとおりに携帯を取り出した。そして何かをじっとみている。


「私の好きなところにも連れて行ってくれるなら甘く採点してあげる」

「凜の好きなところ? 自分の家か?」

「それは空くんでしょ。私は比較的アウトドア派だからね?」

「教えてくれないとプランに組み込めないからな?」

「そこは頑張って察するところでしょ。......まぁ空くんには特別サービスでヒントあげるよ。ヒントは綺麗なところ」


 それはヒントになっていない。汚いところが好きな人間はよほど心が汚れていない限りいないからだ。

 だが、本当にこれがヒントらしくそれ以上のことは何も言おうとはしなかった。俺が綺麗だと思うところに連れて行けばいいのだろうか。それで喜んでくれるだろうか。

 よくわからないし、自信もなかったがとりあえず考えてみるだけ考えてみようと思う。


「そういえば萩くんから預かってたものがあるんだった」

「何だろう......。何かを頼んだ覚えはないけどな」


 不思議に思いながら受け取る。茶封筒が一つ。差出人の名前はないが、凜が「萩くんから」と言っていたのでおそらくはあの漢が俺に渡してくれたのだろう。

 その中身を見て俺は一瞬だけぎょっとした。しかしその気持ちを落ち着け、平静を装う。

 驚きもあるが、同時にこれ以上ない安心感があった。


「どうしたの? 何かいいことでも書いてあった?」

「朗報があった。これで俺の勝ちだ」


 自然と表情が緩んでしまっていたらしい。きゅっと引き締めてもう一度、あの男の動向を注視しようとしたところで、重大なことに気づく。


 じっと携帯を睨みつけてたあの男がいつの間にかいなくなっていた。これはまずい。すこぶるまずい。

 具体的に言えば目隠しをしながらサッカーをするのに等しい。


 俺が慌てていると、ピロン、と携帯の通知が鳴った。俺は少しびくびくしながらその内容を確かめる。

 するとそこには具体的な場所の指定と、予定時間が記されていた。もちろん差出人の名前は安部泰明だ。


「勝ちって......? もしかして空くん、復讐をするつもりなの?」

「あんまり大声で言うなよ。誰かに聞かれたらどうするんだ。......でもそうだよ、俺はやられたらやり返す男。どんな手段でも用いて絶対に報復する男だ。相手が誰であろうと関係ない」

「私言わなかったっけ! 空くんよりも強い人だったらどうするのって!」

「確かに言われたよ。その時はどうこたえていいか分からなかった。けど今は違う。俺よりも強い人だったら、そんな時こそ友達を頼るんだ、だろ?」


 ちょっと格好をつけすぎてしまった感はあったが、まぁいいだろう。たまには俺だってかっこいいことがしたいのである。

 凜はこれ以上何を言っても聞かないと察したのか、一つ大きなため息を吐いた。


「なら私も行く。一緒に連れてって」


 どうやら諦めのため息ではなかったらしい。どちらかというと意思を固めた感じがする。


「ダメだ、危険すぎる」

「ダメじゃない。元はといえば私と関りを持ったせいで起こってしまったことよ? 私にも関係者として責任があるわ」

「こんなことに責任を感じる必要はない。醜い男の嫉妬が原因なんだから」

「い~やっ! 絶対に付いてくもんね、この手は離さない」


 凜は何を思ったか俺の腕に思い切りしがみついてきた。俺以上に頑固だよな、と思わずにはいられない。

 正直、凜を連れて行きたくはない。あまりにも危険な気がするからだ。しかし一方で彼女がいれば緩衝材となったり、ただの口約束にも信ぴょう性がでてきたりするのは否定できない。

 立場を有利にするために連れていくのか、絶対の安全をとるのか。俺は迷っていた。


 本当ならば。

 本当の彼氏ならば、適当な嘘をついてでも危険から離れさせようとするだろう。だが俺は仮の彼氏。利害関係が一致しただけの関係。お互いがお互いを利用しているだけの存在。

 その契約に従うならば何の躊躇もなく連れて行くのだろうが。


「......案外、凜の言う通りになってるのかもしれないな」

「何、どういうこと?」

「ただ凜の言ってたことは本当だったなって思っただけだ。......俺の手を死んでも離さないっていう条件なら一緒に来てもいい」


 その返答は腕をぎゅっと握ることで返された。















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