第28話「プラン」

 俺は一人、頭を抱えていた。大見得をきってデートを約束してしまったがよく考えてみれば誰かと約束してどこかに行くなど初めてのことである。前回の遊びもそれに該当しそうになるが、あれは家まで凜が来ていたからノーカウントだ。

 デートを軽々とこなすモテ男ならばこんな悩みは些細なことかもしれないが、俺にはそれを相談できる宛すらいない。

 自力で行うしか他に方法がない。

 しかしそればかりにかまけてもいられない。


 安部の話ではもう準備は終わっているようであとは俺が決行する意思を彼に伝えればいいだけなのだが、なかなか言い出せないでいる。暴力を振るわれて無意識に恐怖心でも植え付けられてしまったのだろうか。


「何か思いつめたような顔をして辛そうだけど大丈夫?」

「いろいろと立て込んでてな。もう少し片が付きそうだがそういう時に限って油断しないように気を張り詰めているんだ」

「そういう割には心配とか不安とかの表情してたけど」


 俺がじっと考えていると話しかけてきたのは凜ではなく実だった。凜は高市と一緒に購買に行ったまま帰ってきていない。何か深い話でもしているのだろうか。帰ってきたらあとで何の話をしていたのか聞いてみよう。


「こういうのは時間が解決してくれるものなんだけど、考えずにはいられないらしい。実の方こそ俺のところにきてどうしたんだ? いつもは友達と一緒だろ」

「オレは空のこともちゃんと友達だと思ってるよ。いつもの友達は委員会に呼ばれてしまったみたいで......」

「なるほど、それで誰もいなくなったから俺の方へときた、と」

「本当なら遠慮するところなんだけど、今日は彼女と一緒じゃないからいいかな~なんて」

「前まで凜がいてもぐいぐい来てたくせに」

「オレだって空気ぐらい読むさ。真の友達は邪魔にならないようにいつも気を張り巡らせているのさ」


 自信満々に鼻息を荒らげる実。俺はそれに感嘆しそうになり、慌ててかぶりを振った。実に気を使われた覚えはないしそんなことをしていては身が持たない。少々無礼な方が生きやすいし、俺はその生き方をこれまでしてきたのだ。結果、友達がいないとは後悔はしていない。


 そして、俺はやっぱりな、と溜息を吐いた。


「何に気を張り詰めているのかしら? 細川くん」


 実の背後には腕組をして堂々と立っている凜の姿が。

 まさかそこに凜がいるとは思わず、驚きのあまりに尻もちをついてしまう実が面白くてつい笑いそうになってしまう。


 実は一瞬だけ狼狽えたものの、すぐに立ち直った。


「いや~オレのアンテナもまだまだだな。もう少し話せるかと思ったのに......。想像以上に早かった」

「飛んで帰ってきた。空くんに見てほしいものがあったからね」


 どーんっ、と見せつけてきたのは一種のパンだった。

 だがそれを見て俺は堪らず声をあげた。


 それもそのはず。そのパンは一日十個限定の特別なパンであり、生徒の中でも食べた人間はごくわずか。

 ふんわりとしながらももちっとした食感を味わうことのできるクリームパンだった。


「よくとってきたなぁ。四限目が終わるの結構遅かっただろうに」

「まぁねっ! 食べたいなぁってあおちゃんと一緒に言いながら待ってたら前の人がどんどん譲ってくれたの」

「......わざとか?」


 凜は当たり前だが高市もまた美形な顔立ちをしている。その二人が並んでいれば惚れた男子は当たり前のように席を譲るだろう。凜の方は無意識かもしれないが高市はわかっていてやったな。後で前原にでも密告してやろう。


 今にも食べてしまいそうな凜に俺は待ったをかける。


「凜は譲ってもらったクリームパンを食べて本当に美味しいと感じられるのか? 実際に苦労して勝ち取ったクリームパンの方が俺は美味しいと感じると思うんだけどなぁ」


 ちらっと凜の表情を窺う。

 その表情はきょとんとしたもので全く響いている様子がなかった。

 本当ならばそれは楽しみにしていた凜よりも前に並んでいた男たちの分だ。だが、それを美貌という武器を存分に使うことで黙らせた、と言い換えてもいい。


 そんな横暴はいけない。無意識だとしてもいずれダメな人間になってしまいかねない。


「凜よりも先に待ってた人はそれだけ食べたい思いが強かったはずだぞ? その人たちの気持ちを無視して食べてもいいのか?」

「私だって同じぐらい気持ちはあったよ! どうしたの急に? いつもは「残念だったな」ぐらいの感じなのに取ってきたら必死に止めてくるのは何で?」

「不正行為とほぼ同じだからだよ......」


 不正だといわれて不服そうな表情をする凜。

 そうはいっても割り込みのようなものなので今回はさすがに俺に正論がある。凜もだんだんと俺の言い分がわかってきたのか、


「じゃ、じゃあ半分こしようよ」


 俺を買収しようとしてきた。俺にも食べさせることで共犯にさせたいようだ。俺が答えるよりも早く彼女はパンを半分にした。溢れんばかりのクリームに一瞬目が奪われる。

 ......いや、しかしっ!


 その時。バーンッ! と、教室のドアが勢いよく開かれた。一瞬のことで何が何だかよくわからず呆然としてしまう。


「「俺たちからの気持ちです! 存分にご賞味あれっ!!」」


 まさかの譲った男たちが全面肯定。凜は「ありがと」と笑みを浮かべてクリームパンを頬張った。

 その表情に俺はもちろん、男たちも癒されて。


「やっぱり全部持っていくよね」

「......だな」


 実の一言に俺は激しく同意した。


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