第27話「完治」

「ねぇ、私ぜんぜん分からなかったんだけど安部くんと何の話をしていたの?」

「......知らない方がいい時もある」


 俺は自分のクラスへと帰る途中で凛にそう誤魔化した。俺の言い方からこれ以上は何も話してくれないと察したのか、凜は深く訊ねてくることはなかった。

 彼に任せておけば大抵のことは上手くいくのではないだろうか。凜を守っていたという実績と先ほど実際に話してみた感触としてそう判断していた。しかし何事にも例外は付き物である。油断をすると大火傷する可能性があるため、気を引き締めなければ。


「空くんのケガはもう治った?」

「なんか前にも同じようなこと聞かれた気がするな。日常生活に支障がないほどには回復してるし......デートにも、行けるぞ」


 うすうす感じてはいたが凜が二人で出かけたそうにしていたので俺から誘ってみることにした。だが、頭では論理的に考えることができても、いざ口に出そうとするとどうしても恥ずかしさが出てしまう。デート、という三文字に否応なく意識させられてしまっている。

 俺のお誘いに凜はぱっと表情を明るくさせた。

 その隠せていない感情の起伏に俺は自然と頬が緩む。


「どうしても、私とデートに行きたいっていうならいってあげないこともないけど?」

「じゃあ別に」


 ごすっ、と俺の脇腹に鋭い一撃が。ぐりぐりと差し込まれて低い呻き声が漏れてしまう。

 ちょっとした冗談だったはずなのにジョークとして受け取ってもらえなかったようだ。俺がデートを誘ったほうなのに断るはずがないだろ。


「全然素直じゃない」

「それはお互い様だろ。凜だって本当は行きたそうにしてたくせに俺のケガが癒えるまでは我慢して、誘われて嬉しかったけどそれを顔に出したくなくてツンデレみたいな言い方したんだろ」

「べ、別にツンデレじゃないし......。そういう気持ちを素直に吐き出すことが苦手なだけ。......初めて抱いた感情だから」


 そういうのをツンデレ、というんだぞ。テンプレのようなことをいっているがまったくもって無自覚な凜に俺は笑いをこらえるので必死だった。

 最後にぼそぼそと凜が話していたように見えたが突風が吹きよく聞こえなかった。


「今週の休みで遊びに行こうか。そういえばスポーツがしたいとか言ってたような気がするけど、運動できそうなところに遊びに行くか? それとも......デートスポット的なところにするか?」

「わかった、予定空けとくね。ん~どっちもいいなぁ......。空くんが前にぽろっといったことを覚えていてくれたの嬉しかったからスポーツ対決したいし、けどかといってデートって感じのところもいいなぁ」


 凜ともなると、アポイントメントを取らなければ身動きが取れないらしい。俺は年がら年中暇なのでいつでも誰でもどこへでも呼んでくれて構わないぞ。


 俺が覚えていたのはたまたまである。友達やまして彼女ができたことが嬉しすぎたのだろう。一言一句覚えてやろうという気持ちで会話に臨んでいたのがよかったらしい。

 スポーツは好きでも嫌いでもない。程よく運動するならば喜んでする。しかし思い切り限界を求めて運動している人とは近づきたくない。それは考え方の違いで、俺は運動に目標を掲げていない。だから授業だろうと遊びだろうと程よく身体がほぐれるぐらい運動ができればそれでいい。しかし彼らは違う。全国大会を目指したり、遊びの中での勝負ですら全力を尽くす。問題はそれを悪いとは言わないが他人にまで押し付けてくるところだろう。


 自分が全力なのだから相手は全力を出して当然、のような思考を持つ人は苦手である。


「どうしたの? 苦虫を嚙み潰したような顔をして」

「スポーツするなら何の種目かなって考えてただけ」

「え~それでそんな顔になる? あ、もしかして苦手な競技とかあるのかな。もしそれをすることになったら私とっても有利じゃん!」

「絶対に教えないけどな」

「けちー」


 苦手な競技といわれると、あまり思いつかないがバスケットボールのような接触型のスポーツは苦手かもしれない。どちらかというとネット型の接触しても味方、という方が好みだ。ケガも少ないし。


「いいもんね、空くんが油断しているときにさりげなく聞き出して見せるから。じゃあ、当日のエスコートはよろしくね」

「エスコート......」

「そんな初耳、みたいな顔されても困るわ。私と空くんは確かに本当のカップルではないかもしれないけど、休日に遊びに行って学校の人に会ってしまう可能性だってあるし何より......」

「何より?」

「......な、何でもな~い! ともかく、人の目があるところはちゃんとふりをしてもらうから。ね?」


 ね? と圧をかけられ、俺は頷くことしかできない。しかし、何というか凜の説得が切羽詰まった感じがしたのは俺の気のせいだろうか。絶対に俺を彼氏のように見せなければならない、という固い意志のようなものを感じる。

 もちろん俺は要求されたように振る舞うのだが、二人きりの時までも今のようにぐいぐい来られるとつい勘違いしそうになってしまう。

 俺が日頃から契約の一つである「絶対に好きになってはいけない」という文言をことあるごとに思い出して小さく詠唱している気持ちを誰かわかってほしい。


「わ、分かった。ちゃんと調べるし凜に楽しんでもらえるようにプランを立てるからそんなに詰め寄らないでくれ」

「そのプランはダメ」

「えっ」


 俺が納得してもらえるようにと紡いだ言葉が凜の一言で霧散した。


「だってそれだと空くんが楽しめるかどうかわからないじゃない。私も楽しむけど空くん自身も楽しめるようなプランを立てて」


 ウインクしながらそう言ってくる凜に俺はうっかり惚れてしまうかと思った。



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