第25話「告白」


 俺たちは近くのカフェで休憩することにした。休憩するほど何かをしたわけではないが、このまま解散というのも少し勿体無い気がしたから俺が提案した。幸いにも全員が俺と同じような思いを抱いていたらしく、特に反対意見も出なかった。


「すみません、今はカウンターしか空いておりません」


 意気揚々と入店したが出鼻を挫かれた。

 少し見渡してみると、時間帯のせいか結構な人が集まっており、話に花を咲かせている。あれではなかなか動いてくれないだろう。

 俺は後ろにいた凛と高市に視線を送る。二人もカウンター席しか空いていないことを見て知ったのか、仕方ないと言った表情で頷いた。


「カウンター席で大丈夫です」

「わかりました。すぐにご案内させていただきます。どうぞ、こちらへ」


 案内されなくとも、空いているところはここしかなかったので自力でも行けたはずなのだが、案内するように決められているのだろうか。右から順番に前原、俺、凛、高市の位置で座った。俺は前原に気づかれないように高市に視線を送る。

 ダンっと地団駄を踏む音がした。高市が顔を染めてこっちをみていた。誤解されても知らないぞ。


 凛にまぁまぁと宥められ落ち着いたようだったが、隣にいたら実力行使されていたのは言うまでもないだろう。クッションになってくれる人がいて助かった。

 俺はただ視線を飛ばしただけなのになぁ。


「前原、俺と席変わるか?」

「なんでだよ、俺と席を変わると色々と不味いだろ。俺だってせっかく諦めがついてきてたのに変に気を起こさせようとするのやめろ」

「そんなつもりはなかったんだが、勘違いさせたならすまない」


 ただの避難のつもりだったのに。

 俺が素直に謝ると、出されていた水を啜った。


「今日来たのはもう一回、凛にアタックするためじゃなかったんだな」

「うん? あれだけの野次馬がいた時に盛大に散ったからな、あれでもう一回って思えるのはもう人間じゃないだろ」

「まぁ確かにな」

「そんなことがあったのに呑気に一緒に遊べるわけないって一回は断ったんだけどな、俺が家から出てくるまで動かないって言うし凛に迷惑がかかるぞ、って脅してきたし……」

「それで仕方なくきたって感じか。……正直、俺にも会いたくなかったんだろ?」


 まぁな、と前原は呟いた。これで楽しみにしていたなどと言われた日には前原のことを栗田並の変態として扱うことになっていただろう。

 高市はどうにかして前原を連れ出したかったのだろう。結構無茶をしているな、と思うがそれはあくまでも客観的にみたからであって本人からすれば最善だと思っているのかもしれない。


「高市のこと、どう思ってるんだ? 強引に突っぱねることもできただろうにここにいるってことは何か弱みでも握られてるのか?」

「弱みを握られていると言えば握られているのかもしれない。……けど、俺の嫌なことは絶対にしないやつだからその辺は信頼してる。どう思ってるか、か……。結構抽象的なこと聞くんだな」

「そうか? 抽象的に言ってるのかもしれないし、濁して言ってるだけかもしれないぞ」

「はぁん、なるほどね。俺の返答次第で何かあるのかな?」

「キューピットになるか、悪魔になるか」


 少し悪戯っぽく言うと前原が苦笑した。笑わせるつもりはなかったのだが、何かささったのだろうか。


「空くん、コーヒーでいい? フラペチーノいる?」

「フラペチーノって何? よくわからないから凛のオススメを頼んでくれ」

「えっ、空くんフラペチーノ知らないの? 人生の百割損してるよ?」


 それを言うなら十割な気がする。いや、そんなよく分からないものを知らないだけで人生全て損していると言われるなんておかしいだろ。


「今時の高校生でフラペチーノ知らない人いるとは……」

「悪かったな、こう言う店に来たことすら初めてなんだよ。何か文句あるか」

「そう言うところに惹かれたのかなぁ」


 前原の呟きに俺は何も言えなくなる。高市にはもうバレてしまったが、表向きは俺と凛は好き同士で付き合っていることになっている。例に漏れず彼もまたそう信じている一人だ。

 凛が俺に惚れることはないし、俺も好意や下心を持って凛と付き合っているわけではない。ただのギブアンドテイクの関係だ。それ以上でもそれ以下でもない。


 だがそうであるが故に、そんなしみじみとした口調で自分を納得させるように呟くのは俺の良心が痛むからやめてほしい。

 俺が高校生の割にその辺のおじさんと大差ないぐらい常識的な知識が抜けていることに対して惚れているのだとすれば、凛はおじさんと付き合うべきである。


「俺の話はどうでもよくて、話を元に戻すが質問に答えてもらおうか」

「いい友達だと思ってるよ。星野が聞きたい答えじゃないだろうけど、吉川凛に抱いた気持ちと同じような気持ちを彼女にはまだ持てないから」


 それはもう好きだと言っているようなものではないだろうか。

 俺はきょとんとした表情で前原を見つめる。彼もまた俺がどうしてそんな気の抜けた顔をしているのかがわからないらしく困惑していた。凛に前原が言ったそのままの言葉を教えるときっとにやにやして嬉しそうにするに違いない。疎い俺でもわかるのだ。


「空くん」


 名前を呼ばれて突如手渡された紙には俺と前原の会話を盗み聞きした上での凛の見解が書かれていた。

 まさか高市にまで聞かれていたのではないか、とぎょっとして振り返るも、気づいた様子はない。凛がウインクを飛ばしてきたので誤魔化してくれていたようだ。でも、よく話をしながら別のことを書けるよな。


「前原に質問だ。気持ちってひとつだと思うか?」

「気持ち? ……ひとつじゃない、と俺は思う。心から生まれてくるものだとしても枝分かれして無数に広がっていくのが気持ちじゃないのか?」


 俺は指令書にも似た凛の見解を基に言葉を紡いだ。


「だとすれば人に向ける気持ちはどうだ? 例えば俺に向ける気持ちと凛に向ける気持ちは同じか?」

「違う。星野に向ける気持ちは普通の友情だ」


 おっと嬉しいことを言われた。


「だったら恋の種類もまた色々あるとは思わないか?」

「……そう、なるのかな。星野みたく、吉川を落とすほどの恋の経験があるならまだしも俺なんてこれが初恋だから、種類があるとか言われてもまだしっくりこない」

「経験ありそうな身なりしといて初恋かよ。まぁなんだ、全く同じ気持ちが湧けばそうだってことにはならないってことを知って欲しかっただけだ」


 俺はある意味で巻き込まれて落とされたわけだが。

 この俺の一言を理解したわけではないだろうが、忠告の一つとして胸に刻んだようだ。人の意見を素直に聞けるのはいい人の特徴であるらしいからこいつはいいやつなのかもしれない。


 前原がこの後、どんな行動を起こしたのかは本人たちしか知らない。

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