第24話「想い人」


 俺は凛と前原が考えてくれた服を購入し、なぜか気に入った前原が高市の考えた服を買っていた。革ジャンに琴線が触れた、とか言っていたが全体的に色々と危なくなっていた。

 忠告しようとも思ったが、凛が「あおちゃんの想い人は前原くん」と言っていたのを思い出し、これもまた愛の形なのだろうと割り切ることにした。


 本当のことを言えばこれ以上首を突っ込みたくなかったからである。


 高市は自分のセレクトした服を前原が買ってくれるとは思ってもいなかったらしく嬉しそうにしていた。しかし、それは凛から聞いていたからこそ、そう感じることができただけで実際には口角すら上がっておらず、至って冷静な面持ちだった。顔に表情が出ないタイプなのか、それとも仮面を被っているだけなのか。

 どちらにしても全てを知っている俺と凛には筒抜けである。


「そういえば、包帯はもうしなくて大丈夫なんだな」

「本当に今更だな。……正直、たまにまだ痛む時はあるが見た目的にも回復したしわざわざ怪我人ぶるのも、な」

「大変だな、絶世の美女を彼女に持つと」


 お前もその一人だったと記憶しているが?

 高市に落とされるも時間の問題なので見逃してやろう。だからそんな目で俺を見ないでくれよ。

 俺が前原に喧嘩を売っていると思ったのか、絶世の美女に反応して苛立っているのか。なんか、凛に恋バナを聞いてから高市の感情をよく読み取れるようになってきた気がする。


「本当にやめて欲しいな。俺だって人間だ、サンドバックじゃない。殴られれば痛いし怒りの吐口にされても困る。凛にだって迷惑かけることになるからな」

「私は迷惑だって思ってないよ。ちゃんと介護してあげるから」

「介護って……おじいちゃんかよ」

「犯人はわかってるの? もしわかってるなら潤をサンドバックに使ってくださいって頼みに行ってあげようか?」

「お、おい?!」


 高市のブラックジョークに前原が変な声を出した。怖がっている弱々しい声だったが見た目とのギャップが強すぎて思わず笑ってしまう。いかつい格好をしているくせに中身は変わらないので仕方ないといえば仕方ないのだが。


「犯人はわかっていないんだ。けど俺が回復してきたのをしればもう一度狙ってくる可能性はある。その時に倍で返してやろうかな、とは思ってる」

「おぉ、怖っ。倍だってよ」

「殺る気だな?」


 少し虚勢を張ってみる。俺と犯人の力関係は明らかに犯人の方が上。逆立ちしてもらっても敵わない相手だろう。だがこのまま素直にやられてあげるわけにもいかない。

 俺の言葉に驚きつつも止めはしない二人。その時点で俺は判断を下した。


 ふっと空気を弛緩させる。

 先ほどまで張り詰めていた空気が抜けていく。それと同時に耳に飛び込んでくる雑音と共に俺はさらに言葉を繋げた。


「けどあんまり大事にするつもりはないんだ。一方的にやられる前にケリをつけたい、とかそう言う気持ちじゃなくて、話がしたいだけなんだ」

「でも一方的に殴られたって言ってたよね、どうするつもりなの?」


 凛が心配そうに言ってくる。

 彼女に心配をかけたくないと思ってはいるのだが、なかなか上手くいかないな。ここで俺の考えている作戦を話してもいいのだが、もしかすると安倍のように諜報部隊などとふざけた名前でストーカーを行っている人間がいるかもしれない。そいつらに一方的に情報を盗み取られては敵わない。


「まぁ、なんとかする」

「ほらまたそうやって誤魔化す。私に教えたくないのはなんとなくわかったけど、私は空くんの彼女だよ? 空くんが思っている以上に不安だし心配してるんだからね?」

「凛、ちょっと落ち着きな。星野だって言いたいけど何か事情があって言えないのかもしれないだろ。……二人きりの時にでも聞いてみたら教えてくれるかもな。膝枕とかしてやればイチコロかも」

「い、いちころ」

「おい高市。いや、高市さん? 後半の部分がよく聞こえなかったんですが、凛に何吹き込んだんだ?」


 急に声のトーンを落として話し出したのでよく聞こえなかった。雑音も相まって完全に俺の耳に届かなかった。嫌な予感がして詰め寄るが口を閉ざしたまま、話そうとしない。


「前原、ちょっといいこと教えてやろうか?」

「え、何? いいこと聞きたい」

「実は高市って……前原のこへぶっ?!」


 脳天に衝撃が走り、危うく舌を噛みそうになった。うっかりところだった。

 チョップはあかん。何があかんって骨の衝撃が直撃するところや。謎に訛ってしまったが、涙目で顔を上げるとそこには顔を真っ赤に染めた高市が般若を後ろに連れ添って俺の前に立っていた。


 一体どう言うことだってばよ。


「なんであんたがそのこと知ってんのよ。誰にも教えたことなかったのに」

「……そんなこと言ったって、俺ぐらい人間観察が上手い人間はふとした仕草だけでそう言うことはわかっちゃうんだよ。仕方ないだろ、わかっちゃうんだから。文句ならその技を極めるまで俺を放っておいた、前原に言ってくれ」

「そこに直れ、潤。今から制裁を加える」

「なんでぇ?!」


 我ながらファインプレーだった。人間観察をしていたことは事実だがそんな仕草の一つでわかるほど極めてはいない。そんな人がいればエスパーどころか変態の領域だ。

 だが人付き合いがなかったと言うことと少なくとも前提として嘘は言っていないので高市は俺の言葉を信じたようだ。涙目になった前原には申し訳ないが俺のために犠牲になってもらおう。高市にとってもある意味でスキンシップが取れることになるのでそれで許して欲しい。


「空くんが言うとは思わなかったよ! もうこれからは教えてあげないからねっ」

「いや、あれは魔が差した、というか。俺に内緒で楽しそうな話をしていたからつい……。それで、高市はなんて言ってたんだ?」

「それは……ちょっと、言えないかな」

「俺に言えないことなのか? 前原にならいえるか? それとも墓に持っていくまで誰にも話せないほどの秘密か?」

「ちょっ?! なんでそんなに必死なの?」

「それは……高市に変なことを吹き込まれていたら大変だから!」

「え、カラオケの時に二人で何を話してたの?」


 なおも執拗に訊ねていた俺だったが制裁が終わったらしい高市がその状況を見て俺にもう一発脳天チョップをかまして来た。

 痛いです。

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