第23話「ファッション」
ファッションに正解はあるだろうか。その答えはきっとない。多少なりともこれはない、という指標があるだけでこれが唯一無二の正解だという服を選ぶことは不可能だろう。
俺たちはその壁にぶち当たってしまっていた。
俺以外が服装に興味があり、どんどん自分なりのコーディネートを繰り広げていく中、どれも良くて甲乙つけ難い状況に陥っていた。残念ながらその中に俺の選んだ服装は入っていないのだが。
それはともかくとして、三人は接戦だった。というか服に関して何の知識もない俺が判断を下せるわけがないので接戦だろう、という予想を元に述べている。
「やっぱり私のが一番じゃない? だってこれからのシーズンに使えるようにした服装だよ? 前原くんもあおちゃんも今の季節に合わせてるし、これは私だけ追加ポイントあってもいいんじゃないかしら」
凛が俺のために、というより勝負に勝つためにセレクトした服装は夏にかけてのこれからに合わせた服装だった。暑い季節でも着られるように半袖シャツと長ズボンという薄着で合わせてくれていた。
俺は暑い時でも長ズボンを履くタイプの人間なのでその点もありがたい。本人には教えていないのでおそらくたまたまだろうが運も実力のうち、という言葉があるので凛の言うように追加点をあげたいところだ。
「彼女ってだけで結構なアドがあるんだから少しは手加減してくれよな。服は確かに今に合わせたけど、まだ夏用のものを着るのは早いだろ。真夏は先だし、肌寒い時もあるだろうからな」
「そんなこと言っても前原くんのコーディネートって私のに少し手を加えただけみたいじゃん。私のセンスをパクったくせにそう言うこと言うのはよくないと思うんだけどな」
「たまたまだから! というか男子の服なんて大体こんなもんだろ。下手に手を加えずに簡素なもので組み合わせ。暑くなれば男は脱げばいいんだから」
「元も子もないこと言った! 脱ぐんだったら服着なくていいじゃん」
「着ないと捕まるだろ……」
俺の一言に凛は、それもそっか、と食い下がった。男子は女子に比べれば確かに上半身を裸にできるが、脱いだままで移動していては警察のお世話になってしまう。
前原が考えた服装は凛の考えてくれたものをベースとしていたが、よくよく見れば生地は少し保温性のあるものだし、上着で寒暖差をケアできるようにしてくれているのでそれはそれでありがたい。すぐに体温調節できるのは嬉しいことだ。
「……でも、あおちゃんが服選び苦手だって知らなかったよ」
凛がついに触れていなかったことに触れた。
俺と前原はあまりの気まずさに高市を直視できず、下のタイルと視線を交わす。おっとあそこに汚れが。
「あたしだって本気でしようと思えばできるんだから! 今回は星野のためにってことだったから手を抜いただけよ」
「その割に一番時間がかかったのってあおちゃんだったよね」
凛の容赦のない一言に高市は胸を刺されたかのようにダメージを負っていた。ガラスのハートにあの仕打ちはかわいそうな気がするが、凛は無意識のようだ。
一番時間のかかった高市が俺のために考えてくれた服装は危ない人一歩手前のような感じだった。
黒いバルーンパンツに黒いシャツ、黒の革ジャンにゴテゴテのネックレスや指輪などのアクセサリー。
……。
ヤクザかな。これに当て字を入れ込めばヤクザになれる気がする。そんな俺の視線を察してか、高市が尚も叫んだ。
「男の人の服装なんてわかんないわよ! 凛の服選びなら一番になれる自信があるのに……。どれを組み合わせたらいいのかとか何が好みなのかとかわからないから選べないのよ。わかったらその変な顔やめなさい」
「別に変な顔なんかしてないぞ。高市はこんな服を着た人がタイプなのかなぁとか考えていただけで」
「タイプな訳ないでしょっ! 普段男性が着ているような服を思い出そうとしたらこうなっただけよ」
前原がクスッと笑った。
前原と高市は今回よりも前に一緒に遊んだことがあるのだろう。それはもちろん、凛も踏まえて三人だったかもしれないし、それ以上だったかもしれないがともかく、その時も当然ながらに前原は服を着ているはずである。そしてその服装は今のようにもっとカジュアルな服装だったのではないだろうか。
そんな姿を散々高市に見せてきたのに思い出すと黒一色になる彼女に耐えきれなくなったようだ。
「何笑ってんのよ、潤。そんなにお気に入りならちょっと着てみなさいよ」
「え? いや、遠慮しとく……」
「今更遠慮しなくてもいいのよ? それに前原があたしの考えた服を着て似合っていればあたしの感性は間違っていなかったっていう証明にもなるんだから急いで着替えなさい」
狙い撃ちされる前原。どんまいっ。
俺に助けを求めるような視線を向けてくるが、俺は構わずににこやかな笑みを浮かべて前原が試着室に連行されていくのを見送った。
「あ〜あ、行っちゃったね」
「そうだな。似合ってるといいんだけどな」
似合っていなければ高市に消されてしまうかもしれないからな。
「あの二人ってお似合いじゃない?」
「どうした突然。恋バナなら俺じゃなくて他の人とした方が盛り上がると思うぞ」
「空くんとしたって面白いよ。……じゃなくてっ! ここにいる人が空くんしかいないからいいの。それで、空くん的にはどう思う?」
突然すぎて頭が整理できていない。
前原が凛を好きだ、という関係図だけがやけに洗練されて頭の中に浮かび出てくるのでそれを必死に揉み消しながら高市と前原との関係を考えてみる。
仲がいいのか悪いのか、と言われればいい方なのではないだろうか。友達付き合いが今回初めてな俺はどの程度の距離感が妥当なのかはよくわかっていないが、凛がそう考えているのならそう言うことなのかもしれない。
「前原はまだ凛のことを完全には諦めきれていないと思うぞ。……けどそうだな、俺もお似合いだとは思うよ」
「でしょ〜。本当は言っちゃいけないんだけど、空くんだけに特別に教えてあげるね。実はあおちゃんって前原くんのこと好きなんだよ」
「……まじか」
マジか。
そう言うことならばこれまでの高市の独白も少し見直してみる必要がある。
ガラスのハートでありながらツンデレ、という面倒な性格の高市は自分が好意を寄せている相手が自分ではない女子にお熱なのをよく思っていなかった。だがその女子は自分の大切な親友であり、嫌がらせをする気にもならない。凛になら熱を上げても仕方ない、程度には思っていたのかもしれない。
しかしそれで終わるわけにもいかなかった高市は前原をけしかけて告白を実行させ、見事に玉砕させた。
あとは俺も知っている通り。……こんな感じだろうか。
「じゃあ初対面の時に言ってきたあの言葉は」
「うん。もちろん嘘だよ。なんなら私はその日の朝に前原くんが告白するってあおちゃんから聞いてたから」
「……凛が偽彼氏を作らなかった理由が今ようやくわかった気がする」
「よかった、ちゃんと言えて。なかなか本当のことを言い出す機会がなくて困ってたの」
「でもそれなら安倍が言ってたことって……」
「あ、二人が帰ってきた……って誰?」
凛につられて顔を上げると、そこには高市と一人のヤクザがいた。
「これ結構いいかも」
マジか。毒されてんぞ。
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