第22話「前原潤」


 カラオケの後、少し買い物をしたいという女性陣の要望により、俺たちはショッピングを楽しんでいた。学校が休みの時は私服を着るので俺も人並み程度には興味を持っているが、凛をはじめとした高市も前原もこだわりがある、というか知識が異常量だった。

 俺は話の半分もついていけなかったが、その中でジーンズだけは一年中着れるよね、という話だけは聞こえてきた。そこに関しては激しく同意するが。


「星野は服にあんまり興味ないのか」

「いや、俺も人並み程度にはあるつもりだが。……前原たちと比べると興味ないと思われても仕方ないかもな」

「もし嫌じゃないなら服、選んでやろうか?」


 思ってもいなかった申し出に俺は目を丸くさせた。

 青春、っぽいことをしている気がする。


「ありがとう、頼む」

「おう、任せろ」


 凛が完全に高市に取られて、まして男子は俺一人。こうして会話が増えるのは本来通りの定めだったのかもしれない。だが、それだけだったならば前原は決して俺に話しかけようとはしなかったはずだ。俺がカラオケルームの中で今思うと恥ずかしいがまともなことを言ったおかげで俺に対しての多少の評価がなされたのだろう。

 さりげなく凛がこちらに視線を飛ばしてくる。

 もしかして俺と前原の接点を作ろうとして今日は四人で遊びにきたのだろうか。


 意味ありげな笑みを浮かべる凛を見ているとどうしてもそう思わずにはいられない。


「なになに? 前原くんが空くんをコーディネートするの?」

「ま、まぁ。星野から頼まれたからな」

「せっかくだし、私も混ぜてよ。私も空くんのコーディネートしたい」


 今の服装はあなたがコーディネートしたんですけど。

 凛が少し大袈裟に俺と前原の話に入ってくる。


「あおちゃんもしよ〜よ」

「なんであたしがこいつの服を選んであげないといけないわけ? 犬用の服でも着てればいいじゃない」

「警察に通報されちゃうんだが?」

「あら、おめでとう。初犯が17歳って……笑」


 ちくしょー! 馬鹿にしやがって!

 俺だって本気を出せばコーディネートの一つや二つ、簡単にこなせちゃうんだからね!


 やる気満々な二人に向かって、俺もヤケクソ気味に宣言する。


「俺だってやる時にはやる男だからな。俺もコーディネートするから勝負といこうじゃないか」

「勝負?」

「そう。俺と前原と凛がそれぞれ考えて俺に合う服装を選ぶ。判定は他の二人がそれぞれ点数をつけるってことでどうだ?」

「それいいかも! ゲーム要素もあった方が燃えるしやる気が湧いてくるもんね」

「星野はそもそも相手にならないと思し、男性のコーディネートは男が一番よくわかってるってもんだからな。優勝は俺のもんだ」


 凛も前原も乗ってくれたようで一気に盛り上がってきた。このゲームの終わりに俺は二人がコーディネートの服装も買うことで考えずに二日分の服装を手に入れることができるという作戦である。


「ちょっと待ちなさいよ」


 いざ始め、というところで高市の静止がかかった。

 出鼻を挫かれ、前原が高市を睨むが逆に睨み返されて凹んでいた。高市の恐ろしさはなんとなくわかるがいくらんでも弱すぎな気がする。

 俺は揶揄われた仕返しに少し意地悪に対応する。


「俺たちはこれからゲームをするんだ。お前はさっき「犬用の服でも着てればいいじゃない」とか言ってたよな。ゲームに参加してないなら俺たちを止める理由はないし、参加しているつもりなら犬用の服なんて常識なしで失格判定だから、口出しする権利ないぞ?」

「それは…..ちょっとした出来心で」

「出来心? はーん、出来心で俺の心はズタズタにいじめられてしまったわけか。なんでも出来心とか綺麗な言葉で片付けようとしていると痛い目見るぞ」


 現在進行形であっているわけだが。

 凛が流石にやりすぎだと、俺の裾を引っ張ってくる。前原も心なしか軽く引いている気がする。高市が行ったこととそう変わらないと思うのだが……。


「ねぇねぇ空くん」

「何? 今ちょっと忙しいから前原にでも相手してもらってて」

「どうして私が前原くんにお世話されなきゃいけないのよ! そうじゃなくて、空くんは女の子と話したのは初めて?」

「凛がいる」

「私を除いて」

「凛を除けば……確かに初めてだな。というかそれは初めてって言ってもいいのか? そんな例外ばっかり作ってたら二回目でも初めてって言えそうだぞ」

「そんなことは今はどうでもよろしい! 空くんは女の子との話し方が下手くそ!」


 何にも包まれていないストレートの悪口が凛の口から飛び出した。

 そんなことを言われても、最近まで人間と会話すらしていなかった人だぞ、こっちは。女の子との話し方どころか、人間との話し方だって下手くそな自信がある。

 そんな自慢にもならないことに自信を持っていると、呆れた凛が高市の方を指差した。


「よく見なさい」


 有無を言わさぬ口調に圧倒されて俺は大人しく高市を見る。彼女は俯いて肩が小さく動いていた。

 これは流石に人付き合いのない俺でもわかる。俺が助けを求めると凛は知らん顔で高市の方へと向かった。そして背中をよしよしと摩っていた。

 公共の場で女子を泣かしてしまった。

 こんなにガラスのハートだとは思わなかったのだ。しかしそんなことを理由として口に出せば今度は軽蔑どころでは済まないだろうことは容姿に想像できる。


「……ごめん、言いすぎた」

「……あたしも、その勝負に、入れなさいよ」

「わ、わかった入れる! というよりもう優勝でいいから、な? だから泣き止んでくれぇええっ!」


 人間関係って難しい。あと、女の涙は無敵である。

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