第21話「友情」


 俺が扉を開けた時、凛と前原は笑顔でハイタッチを決めているところだった。何事だと思って画面を見ると、まさかの「95」と言う点が堂々と弾き出されていた。歌うま選手権に出られそうなほどの数字である。

 遅れてやってきた高市に聞こえるようにさりげなく呟く。


「やっぱりお似合いなんじゃないか?」

「さぁ? あってもただの友情じゃない?」


 あっけからんと言い返す高市に俺は苦笑いを浮かべるしかなかった。この様子ではどれだけ前原が凛にアタックを仕掛けたとしても友情が強くなるだけらしい。

 俺が女子の考えることとは謎だな、と思っていると凛が俺の顔を見たまま固まっていた。動作もまったくと言っていいほど動いていない。前原とハイタッチをした姿勢そのままだ。

 前原もまた同じように固まっていた。なんだろう、石化の魔法でもかけられたのか?


「よかったな」


 俺は素直な感想を凛に投げた。俺に注視する視線に耐えられなくなったからだ。とりあえず褒めておけば怒られることはない、と最近買った本に書いてあった気がする。俺には友達づくりの経験すらないので凛と付き合う演技をするときにボロを出さないようにそれ系の本をその日に買って置いたのが功を奏したな。

 と、思っていたのだが。


「いや、違うの! これはそんなんじゃないから!」

「いやいや、こうやって目に見えてるんだから誤魔化したってしょうがないだろ」

「だからそれが誤解なんだってーっ!」

「誤解だろうが六階だろうが俺の目がばっちりとその証拠を捉えたからな。もっと堂々とすればいいぞ」


 俺が誉め殺しをしようとしているのに、凛は次第におろおろと挙動不審になり、汗を浮かべていた。

 さらに追撃しようとしたところで、後ろから思い切り強い力が加えられた。高市が俺の体を押したらしい。腐っても男子である俺は不意打ちとは言え女子の力程度で倒れることはなかったが。


「いつまでそこで立ってんのよ。あたしが入れないでしょ? それとも何、あたしだけ除け者にするつもりなのかしら?」


 遠慮なく俺の心にナイフを突き刺してくるこの女をどうにかして欲しい。

 ちらっと前原の方を見ると彼は高市の姿に恐れ慄き、恐怖で満ち溢れたように瞳をしていた。待ち合わせ前にどんなことを言われたのかが少し気になったがフォローもまた大変なので放っておくことにしよう。下手に手を突っ込むと俺の身が危険になる。


「凛も潤もいつまでそうしてるつもりなのよ。95点を出したのは凄いことだけど……星野がキレても知らないわよ」


 高市の一言に凛も前原もばっと仰け反った。それはあまりにも早く反射神経も悲鳴を上げているのではなかろうか。そんな俺の客観的分析は結構当たっていたのか、凛がバランスを崩して俺の方へと倒れそうになっていた。

 俺は両手を彼女の肩に合わせてクッション材のように衝撃を吸収してやる。が、思っていたよりも威力が強かったのか俺の腕の筋肉がないせいなのか、腕だけでは耐えきれずに俺の身体まで倒れ込んできた。流石にそこで威力は完全に殺せたものの、凛が俺にもたれかかっているような構図になっていた。


「あらー、見せつけちゃって」

「何でだよ」


 高市の野次にやけくそ気味に返答するがそれはあまり意味がないようで、高市は楽しそうに笑っている。

 肩を掴んでいながらも俺の身体に凛の肢体がもたれかかっている。凛はなぜかがっちりと固まってしまっていて動く気配がない。


「大丈夫か?」


 俺が優しく声をかける。こう言うのは柄ではないが仕方ない。しかしそれでも人には聴かれたくなかったので凛の耳元で囁くように言った。

 すると、凛はゆでだこのように顔を真っ赤にさせたかと思えば、ぶんぶんと頭を縦に振った。首もげるぞ。


「なら自力で立てるか?」


 その俺の問いに返事があったのは高市が自分のジュースを飲んでテーブルに置いた時だった。


「ど、どうしよう。さっきまでは大丈夫だったのに腰に力が入らなくて無理、かも」


 おい。

 さっきの大丈夫って言葉はどこに行ったんだ。

 俺としてもこのままでずっといるわけにもいかないので俺は凛を支えながらゆっくりと座らせた。一応何かあってはいけないので俺もその隣に密着するようにして腰を下ろす。


「急に腰に力が入らないとか言われて驚いたぞ。焦ったし」

「空くんが追い打ちをかけてくるから」

「追い討ちって何のことだよ。……まさか俺の方に倒れてきたのは演技か? もしかして俺邪魔しちゃったか。それならすまない」

「違う。……わからないならいい」


 えぇ……。

 俺が助けを求めるように高市の方を見るが彼女は、ざまぁみろ、とでも言うように鼻で笑っていた。どこまでも人を煽りたくて仕方がないらしい。


「なぁ、こんなもん見せつけられるために俺はきたんじゃないんだけど」

「そうはいってもこれは不可抗力というか、仕方のないことというか」

「……この状況を作り出した原因はあんたにもあるのよ? それをわかってて文句言ってんの?」

「俺はただ二人でカラオケを楽しんでいただけで……。彼氏がいるのにも関わらず口説こうとしてたのは謝るけど他のことは自由だろ。大体、ここを抜け出して二人きりになったのはおまえらだろ?」


 俺はことを荒らげたくなかったので穏便に済まそうとしていたのだが、こんな面白い状況を高市が見放すわけもなく、前原に突っかかった。彼は泣き寝入りすると思われたが意外にも正論で高市を論破しにかかった。

 確かにこのカラオケルームを抜け出して二人きりで話していたのは俺と高市なのでそこを突かれると何も言えない。


「もういいじゃん、ね? こういう雰囲気は良くないよ。もっと楽しくしようよ」

「凛は優しいなぁ。振ったにも関わらず未だに言い寄ってくる男に対しても他と同じように接するんだから。そろそろ嫌なものは嫌だって言った方がいいぞ? 苦しくなるのは凛自身なんだから」

「あおちゃん! 私のことを心配してくれるのは嬉しいけど、だからってわざわざそんな言い方しなくてもいいじゃん! その言い方はダメだよ」


 ふと、高市と俺は似ているのではないか、と思った。

 彼女もまた人付き合いが苦手なのかもしれない。俺とスムーズに会話ができたのは俺と彼女が同じような考え方をしていたから。違いは性別と容姿だろうな。

 目立つ容姿をしているせいで一人になりたくても一人になれない。そのおかげで半強制的にある程度の対人スキルを身につけることができたのだろう。しかしその一方でハリボテのそれでは隠しきれない彼女のナイフはその納入先が見つからず、こうして理性を超えてしまって他人を傷つけてしまうことになる。


「流石に高市が悪いと思うぞ。色々と思うところはあるのかもしれないが八つ当たりで前原をいじめるのはやめてやれ。前原も、だ。彼氏がいるのに口説こうとしたのはあんまりよろしくないことかもしれないがだからと言って法律に違反しているわけでもないし、悪いことでもない。誰も悪くないんだから落ち着けって」


 関係者の一人である俺が外野のような意見を言うことでこちらにヘイトがたまるのではないか、と一瞬だけ危惧したがどうやらその心配はいらないようだった。

 二人ともが熱くなっていたことを自覚し、しゅん、と押し黙った。

 俺は高市に抱きついていた凛を手招きしてこちらへ呼ぶ。凛は高市が手を出さないように捕まえていたらしい。高市も馬鹿ではないので男子に手をあげることはしないだろうが、それでも、ということなのだろうか。


 あとは彼らの問題なので凛をこちらに呼んだのだが、高市からの視線が痛い。別に何もしないので早く仲直りでもしてくれ。


「あーその、言い方が悪かったな。ごめん」

「俺の方こそ熱くなってごめん」


 お互いが頭を下げて仲直り。

 肩の荷が降りたような感じがして思わず安堵のため息がこぼれる。それに気づいた凛が耳を貸せ、と手招きをする。俺との身長差的に少し屈まなければならないのだ。


「仲直りしてよかったね」

「そうだな」


 わざわざ俺だけにいう必要はあったのか。……だからさっきから高市の視線が痛い。

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