第20話「高市葵」
ウルトラ魂を歌ってからその勢いは止まることを知らなかった。気がつけば既に二時間以上は歌っていたのではないだろうか。主に凛と前原が。
俺は美味しいサビを頂いた後は聴く方に専念していた。俺が歌うよりも凛が歌う方が声が透き通っていて聴いてて心地いい。前原の声に関しては特にこれと言っていうことはないが音を外さないので耳障りにならないところがいい点だ。
「星野、もしかしてカラオケ初めてか?」
「ん? あぁ、初めてだけど」
「どうりで眠たそうにしてると思った。ちょっと抜け出さないか?」
今まで横になって動いていなかったのでついに天に召されたのかと思っていた高市が俺に声をかけてきた。眠そうにしていると言われて何も言い返せなかったのが悔しい。結構前半に緊張していたらしく、今になって緊張が解けてきたらしい。心地よい倦怠感もあって今にも寝たい。
しかしここで寝てしまっては恥ずかしいので俺は高市の誘いに素直に従って一緒に抜け出した。
凛がコップも持たずに部屋から出ていく俺を不思議そうに見ていたが歌っている最中なので何も言ってこなかった。少しだけ後ろ髪引かれるが後で話してやろう。それでチャラにしてもらおう。
部屋から出て少し歩いたところで高市は急に止まった。ドリンクコーナーがわからなくなったのだろうか、もしくはトイレ。だが俺の方を向き、腕を組んでガンを飛ばしてきたのでどうやらそうではないらしい。
「前にあんたに言ったこと覚えてる?」
「……前原と凛をくっ付けたかったってやつか? それなら俺の承諾を得ずとも勝手にやってくれていいぞ。それを受け入れるのか断るのかは俺じゃなくて凛だからな」
「そうよ。あんたにわざわざ言われなくてもわかってる。それに潤はもう心折れてるし、凛の心はあんたでいっぱいみたいだし」
「なんだ案外話せばわかる……今なんて?」
「だから、潤の心は折れてるって」
「いや、そうじゃなくて。その次の方」
「ん? 凛の心はあんたでいっぱいみたいって言ったけど、何?」
前原の心が折れていようがピンピンしていようが告白しようが諦めようが俺にとってはどうでもいい。だがその次の言葉は聞き捨てならなかった。
「……どうしてそう思ったんだ?」
凛は俺のことを絶対に好きにはならない。それはみてくれでもそうだがそういう契約を交わしているから。だから高市がいうようなことがあるはずがない。
ただの見間違い。もしくはただの勘違い。
「どうしてって……。あんた、それをわざわざあたしに言わせるって結構な趣味してるわね。あたしと潤が遅れてきた時に凛が話してたでしょ。あれって本気だから。あたしがこなかったから本当にどこか行くつもりだったわよ。他にもあるけど、あの子はそういうことを誰彼構わずいうような子じゃない。告白が多すぎて困ってるのにその原因を自分から作りに行く訳ないでしょ。だから言ったのよ、心はあんたでいっぱいだって」
一人称が「あたし」に変わって取り繕う様子が無くなった。前原の前ではかろうじてだが女の子を演出しているのかもしれない。
俺は何と言って返したらいいかわからなかった。高市の言うことは確かに間違いではないのかもしれない。だがそれを素直に受け入れることはできない。
受け入れられないことを説明することもできない。説明をすると俺と凛が付き合っていないことを暴露しないといけないからだ。その前提がなければ俺が受け入れようとしない理由をうまく説明できない。
「……それでよかったのか?」
「どの口が言ってんの、ぶっ飛ばすわよ? ……でもあの子が選んだのなら応援してあげないといけないかな、とは思ってるわ。どうかしら、あんたの聞きたかった答えと一緒?」
「……え」
「大体わかるわよ。あんたたちまだ付き合ってないんでしょ」
あっけからんと言い放つ高市に対して俺は言葉を失った。
カマかけか? だがそれをして何になる? 真実を聞こうと思えばいつでも凛から聞ける立場にいるんだぞ。
俺が焦っていると途端に彼女は笑い出した。
「その表情はバレるって! あははははっ、ちょーウケる」
何だろう、この必死に頑張ろうとしているところに水を挿してこられる感じ。ものすごくイラっとする。俺の精一杯の恨みを込めたジト目をみて流石に笑いすぎたと反省したのか、こほん、と咳払いをして。
「あたしと凛がどれだけ一緒にいたと思ってんの? あの子の言いたいことぐらい聞かずともわかるっつーの。で、確認のためにあんたに聞いてみたら驚くぐらいわかりやすく動揺するんだから笑っちゃったわ」
「そうは言ってもだな……。凛が必死に隠そうとしているものを俺のせいで暴かれるわけにもいかないだろ」
「まぁね。あんたは身を挺してでも秘密を守る義務があるわ」
「……それで、俺にそれを聞いてどうするつもりなんだよ」
「どうするもこうするもないわ。別にこのまま何も言わずにみてるだけよ。そのほうが色々と面白そうだ死ね」
「今死ねって言ったか?」
「言ってない」
「いや、言ったろ」
まったく……。
脅かされ損じゃないか。
だがまぁこれで高市が俺と凛の秘密を知っていると言うことを俺が知ることができた。それは見えない敵が見えたと言い換えてもいい。それぐらいの安心感がある。
俺としてはどうせ秘密を知っているのならもう少し助けてくれてもいいのではないかと思わずにはいられないのだが。
「一つ聞いてもいいか?」
「何よ」
「前原を凛と付き合わせようとしていたのはどう言う意図だったんだ?」
「あんたみたいなポッと出の男に凛を任せられないって思ったからに決まってるでしょ。あたしだっていっつも注目の的にされて告白の絶えない凛を可哀想だと思ってたの。それで、誰かに彼氏役を押し付ければ少しは楽させてあげられるかなって思って、前原が凛のこと好きだったからちょうどいいなと思って告白させたわけ。まぁ結果は散々で申し訳ない結果になったけどあたしがあんたを知ることができたからよしとしてるわ」
「なんかいい話のように聞こえるけど、前原の恋心を弄んだことに関してはただの悪女だからな?」
「えー、別に実らぬ恋だったからいいじゃない。どうせ振られるんだし」
なんという反撃。これが強者と言うものか。俺は初めて前原に同情した。
……というか、今まで何とも思っていなかったけど、前原と凛を一緒の空間に放り込んできてよかったのだろうか。しかも防音完備の密室。
「俺と凛の関係はハリボテだがいずれ本当になるかもしれない、とだけ言っとく。だから余計なことは言うなよ。凛を守りたい友人としてこれからもいたいなら、な」
「ふんっ、あたしに命令するとはいい度胸じゃない。今回だけはあんたの言い分に乗っかってあげるわ」
言ってはいけないことを言ってしまったような気がするが今はそれどころではない。凛は大丈夫だろうか、という思いでいっぱいだった。
「そうか、あんたが凛の言ってたあの人なのね。……あの時のことを覚えてはいないようだけど、いつか思い出すのかしら。あたしはその時だけを楽しみに見守らせてもらおうかしら」
「なんか言ったか?」
「別に〜」
高市が楽しそうにしている理由はわからなかったが、辛い表情しているよりかはいいだろう。
俺はカラオケルームに急いだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます