第19話「カラオケ」


「カラオケっていつぶりだろ〜。ね、あおちゃん!」

「あんまりはしゃぐなよ? 前にジュースこぼして私が新しい服を買ってあげたことあるけどもう買わないからな」

「ちょっと! その話は私たちだけの秘密でしょ! 空くんの前で言わないで」


 ぎゃいぎゃいとうるさい女子は俺や前原を偶像か何かだと勘違いしているのではないだろうか。よくよく思えば女子二人と男子二人という時点で察するべきだった。絶対に女子同士と男子同士の分裂が起こり、どうして一緒に来たのかがわからない状況になる、ということを。


 凛が少し涙目で俺の方を見ている。さっきのジュースをこぼして云々のことだろうか。


「さっきの話聞いてた?」

「大丈夫。何も聞いてない。……けど、服ぐらいなら買ってきてやるからな」

「聞いてるじゃあぁああああんっ!」


 実に楽しそうだった。


 カラオケには初めてきたが案外狭いものだ。ここに四人も入れば結構圧迫感がある。俺と凛を挟むようにして高市と前原が座った。凛があおちゃんと呼ぶ性格キツめの女子は高市葵というらしい。一度聞いたことあるようなないような……。人の名前をすぐに忘れるというのも友達ができない大きな理由の一つかもしれない。

 まぁそれはともかくとして、誰も前原に触れようとしない。


 俺はもとより、凛も振った直後だからか会話を避けている。頼みの綱である高市は眼中にないとでもいうように歌に熱中している。

 その割に前原が出て行こうとすると「どこ行くんだ」と必ず聞いている。

 これは確実に前原が来たいといったのではない。無理やりに連れ出された感じだ。だったら高市の狙いは何なのか。言いたいことがあるのなら先に言えばいいのに本人が歌に熱中していて会話もできる状況にない。


「空くんも何か歌う?」

「いや、俺歌える曲ないからみんなで歌ってくれ」


 どうせカラオケに行く、と決めたなら何曲か練習しておくべきだった。今更言っても遅い。今日のところはカラオケとはどういうものかを実感しただけでよしとしよう。


「私のみんなには空くんも入ってるんだけど」


 凛の一言に俺は困ったような苦笑を浮かべた。歌うべきなのだろうが、全て歌詞を歌える曲を俺は持っていない。俺が何と言おうか迷っているとあろうことか高市が助け舟を出してくれた。


「凛が星野と一緒に歌いたいってはっきり言えば乗ってくれるだろうに。……サビだけでもわかる曲はないのか? その曲のサビ以外の部分は凛が歌うからサビになったら入れよ」


 凛が俺と一緒に歌いたい、とか余計なこと言うから高市は凛にぽかぽかと叩かれていた。しかし痛みはないようで必死に笑いを堪えていた。あの凛が手篭めにされているというのは面白い光景だった。


「ん〜、じゃあウルトラ魂ぐらいなら歌えるかも」

「オッケー」


 誰もが一度は聞いたことのあるサビ。特にスポーツの祭典であるオリンピックなどに使われることが多い。


「前原も歌うか?」

「いや、別に」


 高市が声をかけるが首を横に振って拒否した。何か高市に対して拒絶反応のようなものを感じるのだが、それは気のせいだろうか。

 俺が目配せをして凛にも声をかけてもらう。


「前原くんも一緒にどう?」

「……やる」


 凛がしょうがないな、と表情を和らげ、代わりに高市がカチンときたのか何かを言おうとしたところで凛に口を塞がれた。鼻まで塞がれているので息ができない、とギブアップを凛に伝えるが、その合図がわかっていないのかいっこうに止めようとはしなかった。あいつ、多分気絶するぞ。


「マイク。サビになったら譲ってくれ」

「……おう」


 何というか子供だな。

 ちょっと優しくされただけで簡単に機嫌が直る。別にそれが悪いことだと言わないし、ずっと頑固なままでいるのが大人だとも言わない。ただ単純なやつだな、と思った。


 だがこの曲はそんなテンションで歌う曲ではなくもっとアゲアゲで歌うものだが大丈夫か?


「あおちゃんからの抵抗が弱くなったからもう大丈夫だよ。ってあれ、前原くんはもう歌う気満々だった?! これは負けてられないね」


 ちらっと高市をみると完全に伸びていた。ただ力を抜いて抵抗の意志がないことを伝えたらしい。ギブアップが伝わらないとは思ってもいなかったのだろう。俺に親指を立てて、脱力したように横に寝転んだ。

 うわぉ。容赦ないな。完全に無意識だってことが尚更恐ろしい。


「結構テンション上がってる?」

「もちろんだよ! 空くんとカラオケきたの初めてだし。それにこの曲は私も大好きなんだ。だから思っ切り歌いたい! 前原くんはどう? テンション上がってるぅ?」


 凛はもしかすると酒を飲まずとも雰囲気で酔える人なのかもしれない。まだ酒を飲んだことはないが出来上がった人のように見えてならない。前原もこの絡みは困っているのではないか、と思い前原の方を向くと。


「いよっしゃぁああああああっ! テンションぶち上げて行くぜぇえええええっ!」


 こっちも頭のネジがぶっ飛んでいた。

 え、何。陽の人って大体がこんなもんなの? 心配して損したんだけど。こうなるなら俺が気を使う必要なかったし高市みたいに放っておいたのに。男子が俺しかいないから俺だけは精神的支柱になってあげようかな、とか思ってた俺の優しさを返して欲しい。


「さぁ準備万端! 空くんもサビの用意は十分か? 上げろテンション、燃やせよ闘志!」

「今日さっきまで散々バカにされたけどそのストレスを今ここで一気に発散させてやる! 高市のやつ俺のことを「うじ虫のうじくん」なんて呼びやがって……! 俺が振られてからずっとウジウジしていたのは認めるけどそれを他人にとやかく言われたくない!」


 前原は高市に遊ばれていたらしい。

 遊ばれていたことに関しては気の毒だがここまで大声でマイクに乗せて物申していると絶対聞こえてるよな。もしかして気絶してると勘違いしてるんじゃないか。ちゃんと意識あるぞー。後で倍返しされても俺知らないからな。


 イントロが流れ出した。

 そして歌声とか技術とかはそっちのけで思いっきり好きなように歌った。

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