第18話「凛の友達」
泣き落としというか魅了の挙句に籠絡されてから三日後。俺は凛とともに待ち合わせ場所に来ていた。
俺は流石に覚悟を決めて待ち合わせ場所に一人で行こうとしていたのだが「信用できない」と朝一番で家まで凛がやってきた。
色々と見繕ってくれたのはありがたかったが、全く信用されていなかったことにはショックを受けた。
俺の顔は変更不可能なので仕方ないがそれ以外の服装に関しては凛からのレクチャもあって隣に並ぶのにふさわしい格好をしていると思う。とはいえ、ジーパンにシャツ、その上にカーディガンという普通の服装だった。
凛はデニムスカートにシャツを着るという結構攻めっ気溢れる服装だった。
……うん、やっぱり並ぶと見劣りするというか隣にいるのは俺じゃない感が強い。
たかが友達とのカラオケにもファッションに気を使うのは凛の性格なのだろうか。俺なら適当に着ていくな。友達とカラオケに行ったことないけど。
「なんか、デートみたいじゃない?」
「デートだったら誰を待ってるんだよ」
「え、私と空くんがって意味じゃないよ」
まさかの返答に俺は言葉を失った。待ち合わせ場所で相手を待つ、という行為だけを指すならばそりゃ確かにデートみたいかもしれないけど、普通はこの状況でそんな話をされれば俺と凛のことかなって思ってしまう。そりゃ契約の一つとしてお互いを好きになってはいけない、というのはあったが想像ぐらいはいいのではないだろうか。
俺が拗ねたのがバレたのか、凛が慌ててフォローを入れてくる。
「空くんとのデートでもいいけどね。……ちゃんと待ち合わせの場所に来てくれるかは不安なところだけど。今日だって私が行かなきゃ寝坊してたでしょ」
「俺だって大事な日は真面目に起きてそれなりに支度して時間に合わせて動くさ。今日はたまたま睡魔に負けただけだ、次回はきっと起きれる」
「本当かなぁ」
凛とのデートの時はともかくとして今回は俺が行く必要性がわからない。凛に泣きつかれるようにして嫌々来たが本当ならトイレと称して家に逃げてしまいたい。大体カラオケって何だよ。俺歌える曲ないぞ。
「そろそろ来てもいい頃だけど……」
時計を確認しながら凛が呟く。待ち合わせ時間は昼の一時。現在の時間はそれから十分ほど過ぎている。
俺のジト目の圧力に耐えかねて凛が彼らの弁論をした。
「あおちゃんはほら、女の子だからお化粧とかで時間かかるだろうし、それにいつもこれぐらい遅れてくるからそんなに怒らないでよ」
「別に怒ってない。女子が外出の時に時間がかかることぐらいは俺だってわかってる。まぁそれも考慮してもう少し時間をうまく使えないのか、とは思うけど」
「空くんってたまに結構えげつないこと言うよね」
「思ったことを言っただけだ。……でも前原の方は同じ男だから言い訳は通用しないぞ」
「もしかしたらあおちゃんと一緒にいるのかもしれないね。私が空くんの家に行ったみたいに」
「ふぅむ。もしかしたら凛と一緒に遊ぶのが辛くて引きこもってるのかもしれないけどな」
カラオケに行くと言う約束を企てたのが前原ではないのだとするとその可能性は大いにあり得そうだ。凛の言うあおちゃんが逆に前原が家から出てくるのを待っているのかもしれない。
どっちにしても俺には全く関係ないので帰りたい。
「と言うわけで帰ってもいい?」
「何がと言うわけなの?! 私一人だとあおちゃんにバレちゃうかもしれないからフォローして欲しいのに……。前原くんとくっつけようとしてるのまだ諦めてなさそうだし」
「面倒くさい」
「それって私のこと?! それともあおちゃんのこと?! どっちでもいいけどそれ以上言うなら私にも考えがあるから!」
正直者が馬鹿を見る、とはこのことを言うのだろう。
「前原に席を外してもらって友達二人で話せばいいだろう。真剣に話せば向こうもわかってくれるかもしれないし」
「話そうとはしてみたことあるけど、その時に限って色々とはぐらかされたり、美味しいレストランに連れて行ってくれたりしてなかなかタイミングが……。それに私はお説教ぐらいで済むかもしれないけど、もしかしたら空くんは絞殺されるかも」
何それめちゃめちゃ物騒!
よくよく考えて見れば困っているところにつけ込んだ最低男という見方もできないことはないのか。だが思い出して欲しいのは俺が凛の彼氏になると決めた時、俺にその他の選択肢がなかったと言うことだ。そんな俺にどうしろと言うのだろう。
「それは凛がどうにかしてくれよ。俺はまだ死にたくない」
「だったらもう何とかしてやり過ごすしかないの! だから私に協力してお願い!」
「協力って言ってもどうせ口裏合わせるとか相槌打つとかしかできないぞ。俺は交友関係が皆無なんだから人とコミュニケーションを普通に取れるだけでも奇跡なんだからな」
「それってそんなに誇ることじゃないよ……」
凛から呆れた視線が刺さってくるがどこ吹く風と知らんふり。
俺だって人とうまく会話しようと思った時期もあった。だがどうしてもうまくできなかったのだ。他人の少しの表情の動きとかで相手の思考を理解することができなかった。そのためいつも必要のないことまでペラペラと俺だけが話し続け、いつの間にか誰もいないと言うことが多かった。
俺に対して何の評価もしていない人でもこうなのだ。前原なんかは俺に対して凛を取られたというお門違いの恨みを抱いていてもおかしくない。
「それにしても遅いな。二人でもう先に行ってるんじゃないか?」
「えー、そんなことはないと思うよ。時間は守らないけど場所は守ってたから。だからもう少し待って見ようよ。……それでもしも来なかったら」
「こ、来なかったら……?」
スカートの裾を握ってもじもじと身体を揺らしている凛。その一つ一つの仕草に目が奪われて心臓が高鳴った。この緊張感に思わず声が裏返った。
「私と一緒に二人でどこかに出かけよっか」
ある意味で冷静な俺の一部分が予想していた言葉が凛の口から紡ぎ出された。しかし、わかっていてもダメージというか血圧の上昇は免れなかった。ばくばくと心臓が激しく脈を打ち体温が上昇して頬が赤くなっているのがわかる。こういう時に限って普段見えない場所の様子が手に取るようにわかってしまうのは何故だろう。
そんな俺の様子に気がついたのか、凛が「顔真っ赤だよ?」とからかってくる。
凛のせいだ、と言いたかったがどうしても言えなかった。代わりに少し突き放したような言い方で。
「うっせ。どこかってどこに行くんだよ」
「空くんとならどこへでも。どこに行っても楽しいだろうし私が空くんを楽しませてあげるから」
はにかんだ笑顔もまた素敵だった。
「ふぅん、ならその時は私も連れて行ってもらおうかな。ね、邪魔はしないからさ」
ただ俺の後ろから声をかけてきた人物がいなければ俺はそのまま凛の手を取ってこの場から消えていたかもしれない。最悪のタイミングでやってきたらしい。
「あおちゃん遅かったね」
「ごめん、この意気地なしを連れてくるのに手間取って」
首根っこ掴まれた前原が生気を失ったような様子で立っていた。
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