第17話「電話番号」


「ね、そういえば私の連絡先って教えたっけ?」


 太陽が真上に登り、俺の眠気も最高潮に達していたとある授業中のこと。

 俺がこっくりこっくりとしていたところに凛が話しかけてきた。真面目な凛が授業中に話しかけてくるとは思わなかったので、俺は驚きのあまり凛をじっと見つめてしまう。俺の眠気はどこかへ旅立ってしまったし。


「お〜い、星野。風の便りで聞いたが吉川と付き合ってるらしいじゃないか。先生、恋愛についてとやかくは言わんが授業は真面目に聞いてくれるか?」


 俺が真横を向いて授業を聞いていないと思った先生が俺に注意してくる。

 違うんです、これは先生の声を直線的に耳の中に入れようとしただけで……。


 そんな言い訳を一瞬で思いついたが口からは出ていかなかった。俺は軽く頭を下げてペンを持った。

 凛のせいで怒られてしまったではないか、と流し目で詰め寄ると今度はノートの切れ端にさらさらとペンを走らせた。それを千切って俺の方へと渡してくる。


 そこに書かれていたのは電話番号だった。


 俺はそれを受け取り、カバンの中からメモ帳を取り出した。一枚破いて俺の番号を書く。

 凛と番号の交換はしていなかったな。今まででそのことで困ったことはなかったが今後、どうなるかはわからない。それにカップルを名乗るのならそれぐらいは普通のことなのかもしれない。


「これでいつでも連絡できるね」

「ど、どうした? 今日はいつにも増して積極的と言うか何というか……。人との交流がない俺にとっては結構くるものがあるんだが」

「そ、そんなつもりはなかったんだけど…..。辛くさせたならごめんなさい」


 先生に聞かれないようにこそこそと話す。この先生は視力はいいが聴力が鈍いと噂の先生だ。だから真面目に聞いているフリさえできればあとは何をしてもいい。現に、周りを見てみると教科書を立てて、真面目に読んでいるように見せかけて実は携帯ゲームに勤しんでいる人がいれば、ノートを書くフリをして絵を描いている人もいた。

 彼らも真面目に授業を受けないという非はあるだろうが、面白くない、と言うのが一番の理由だろうな。凛でさえ俺と話したくなるぐらいにはつまらなく感じている。


「何で急に番号なんか聞いてきたんだ? 大体一緒にいるんだから別に良くない?」


 自分で大体一緒にいる、とか言う日がくるとは。


「そうも言ってられないのよ。前にあおちゃん……高市さんが空くんに一言言いにきた時があったじゃない? その後で私と遊びに行って、結構根掘り葉掘り聞かれたの」

「あー、確かいたな。美人だけどきつい凛の友達が」

「そうそう。……え、空くんってあおちゃんみたいな子がタイプ?」


 俺が素直に美人と言ったのが信じられない、と言った感じの表情で詰め寄ってくる。授業中ってこと忘れてないか? 真面目に受けているフリしないと怒られるんだぞ。


「ばか言うな。誰が好きで罵倒されなきゃならん。俺は甘やかしてくれる優しいお姉さん感溢れる女性がタイプだ」

「ダメ人間になりそう」

「むしろ、そこまで落としてほしい」


 うわぁ、と凛が引いていた。俺、そこまで変なこと言ったかな。


「ともかく、そのあおちゃんは俺のタイプじゃないし好きでもない。大体、前の時が初めましてでどうして好きになるんだよ。嫌いになる要素ならたくさんあったが好きになる要素はほとんどなかっただろ」

「……言われてみると確かに。でも空くんが私の追求から逃げようとしている感じがしてちょっと癪」


 意外に鋭い。性格が丸ければあの見てくれで結構やられてしまうかもしれない。

 凛が少し拗ねたように口元を窄めていたのを見て、俺はこほんとひとつ咳払いをし、


「ともかく、だ。色々聞かれた後、どうしたんだよ」

「? 別にどうもないよ。私が話さないってわかったら彼氏(仮)の話をしてた」


 彼氏持ちかよ。早くいえよ。

 と言うか、凛の友達なら俺と凛の関係のことを話してもいいのではないだろうか。別にこの情報を悪用するわけでもないだろうし。俺がそれを言おうとするのを察したのか、凛が聞く前に答えた。


「あおちゃんは前原くんと私をくっつけたかったみたいなの。ううん、今もそう。何とかして私と空くんの仲を裂いて前原くんと付き合わせようとしてる」

「何だそりゃ。新手の小姑じゃん」

「だから下手に言えないの。もしうっかりで前原くんに漏れたら……」

「本当に付き合えてラッキー」


 ごすっと俺の脇腹にいい突きが一発。


「私は前原くんと付き合う気はないの。って、前に私が振ったのをここで見てたでしょ」

「そう言えばそうだったな」

「大事な日だったのに覚えといてよ……。まぁ、という訳でいつでも連絡が取れることを見せつけるために交換しとかないとって感じ」


 なぜ前原が凛に振られた時を俺が覚えておかなければならないのだろう。別に凛に対しての告白は日常茶飯事でレアなことでもない。毎日の夜ご飯を全て暗記している人がいないのと同じで誰がいつ凛に告白してもそれをいちいち暗記していてはキャパオーバーだ。


「ついでに言うと、いつでも話せるようになるから」

「え? 何だって?」

「星野ぉ。先生の声が聞こえないのは申し訳ないがもう少し優しく言ってくれんか? 喧嘩売られたのかって昔の血が騒いでしまうだろ」


 昔の血って何だよ。あれか、ヤクザでもしてたのか?

 眼光鋭く見つめられ、俺はひっと喉を鳴らした。我ながら雑魚であることこの上ない。すみません、すみません、と連呼していたら先生はまた黒板に語り出した。


「大声出したらバレるでしょ! 後で「何話してたんだよ」って聞かれても助けてあげないからね?」

「んなこと言われても。聞こえなかったら聞き直すのは当たり前だし……。何を言ったか教えてくれよ」

「いやー」


 フイッと顔を逸らす凛。

 俺はため息を吐くしかない。


「そういえば空くんはカラオケに行ったことある?」

「カラオケ? お、幼い頃に……な、何度も、あ、あるけ、ど?」

「そんな嘘いいから。散々友達いなかったって言ってたくせにどうしてこう言う時だけ見栄を張るのかしら」


 凛こそそこまでわかっているのならわざわざ聞かないでほしい。俺の傷を抉っているようなものだからな。黒歴史だからな!


「今度、あおちゃんと他数人とカラオケ行くんだけど、一緒に行かない? 今ならなんと……」

「行かない」


 俺は間髪入れずに答えた。凛はぴたりと固まり、口をぱくぱくとさせていた。まるで魚が餌をねだる時のようだ。

 俺がカラオケに行くと思っていたのか。もしそうなら俺のことを甘く見過ぎである。


 俺は友達を作れず一人になった男ではなく、友達を作れずに一人にならざるを得なかった男である。そんな男がカラオケに行っても空気扱いが関の山であり居心地の悪さから途中で帰りたくなるに違いない。

 そこまでわかっていながらどうしてわざわざカラオケなどという一種の密室空間にいかなければならないのか。


 そう言うことを淡々と凛に説いてみた。すると、一言。


「めんどくさ」

「ひどいっ! その言い方はあんまりじゃないか? 俺だってある程度のコミュ力があって、ヘイトがなければ頑張ったかもな。けど現実は真逆でコミュ力はないわ、ヘイトはえげつないぐらいあるわ……」

「わ、私が頑張ってフォローするから来てよぉ! 空くんが来てくれないと私……」


 うるうるとした瞳で見つめらると何も言えない。流石に自分の見せ方はよくわかっているらしい。

 はぁ……。憂鬱だ。

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