第16話「居場所」


 俺がクラス内で啖呵を切ってから数日。あれから俺に一言言いたい人は後を絶たず、俺の昼休みは悉く潰れてしまった。誰かと話をする約束とか遊ぶ約束などは取り付けていなかったので別に時間を拘束されること事態に抵抗はなかったが、隣で凛が苦しそうにしている表情だけは後ろ髪を引かれた。


 なぜ苦しそうにしているのかは容易に想像がつく。


 一言を言う人のほとんどが俺に対して罵詈雑言を浴びせてくるからだろう。陰口で済ましていたものが、俺の啖呵のおかげで堂々と言えるようになったのだからこれ見よがしに言いたくなるのだろう。そしてその憎悪の根本を作り出したのは紛れもなく凛である。それに傷ついているのだろう。

 そこら辺は放っておく、ぐらいの気力がなければ精神が保たないだろうに……。


「今日はお弁当作ってきたんだ、一緒に食べよ」

「ありがとう。なら行こうか」


 俺と凛が落ち着いて二人きりになれる場所などもう屋上しかない。

 誰かに付き纏われていないかを注意しながら歩く。昼休みの時間に尾行している阿呆はいなかったようで、俺は穴場の扉を開ける。


「あれからそろそろ一週間経つけど、なかなか収まらないね」

「まぁ、そうだろうな。学校のマドンナを独り占めしているようなもんだからな。今まで黙っていた奴もここぞとばかりに一言告げにきてるんだろうな」

「空くんはそれを言われ続けてどうするつもりなの? 私は心が擦り減ってきてもう見ているのが辛いよ」


 俺は黙るしかなかった。どうするつもりなのか、と問われてもしっかりとした答えを俺の中で導き出すことができなかったからだ。俺の目的から考えればわざわざこのような周りくどい方法をしなくても他にもっといい方法があったのではないか、と考えてしまう自分が情けない。

 自分でやると決めたことを間違いの選択肢を選んだかのように振り返るのはやめにしなければ。


「俺だって辛い。人の憎悪ってこんなに凄いものなんだなって思う。けど俺はそろそろ我慢の限界なんだ」

「?」


 凛が不思議そうに顔をかしげる。その様子を見て俺は言葉足らずであったことを認識した。


「俺だっていつまでもやられてるわけにはいかない。理不尽なことには理不尽なことを用いてでもやり返す。犯人探しをするつもりはなかったけど、それはただ我慢をしようと思っただけで諦めたわけじゃなかった。もう少しで俺を痛めつけてくれた野郎がわかる」

「それをわかってどうするの? もしも萩くんみたいな体格のいい人だったら? 安倍くんみたいな変な能力持ってる人だったら? 返り討ちにされるだけじゃないの?」

「そうかもな。特に萩だったら敵わないな……。俺が返り討ちにあって何もできなくなったら何も言わずに俺との関係を破棄するんだ」


 俺の真剣な表情に凛が目を丸くさせた。まさか関係の破棄を持ち出されるなんて思ってもいなかったのだろう。だがそれだけ真剣だと言うことをわかって欲しい。


 凛は大きなため息を吐くと、お弁当からだし巻き卵を箸で掴んで俺の方へとむけてきた。

 何も言おうとしないので、食え、と言うことなのだろうか。


 俺がおそるおそる口にすると、すぐにまた違うおかずを箸で掴んで俺の方へと向けてくる。


「あのー……どうして無表情で食わせるのでしょうか」

「せっかく久しぶりに二人きりでお弁当を食べれるのに空くんが真面目でシリアスなことしか言わないからでしょ? 何でそんなこともわかんないのよ」

「えー……。ご、ごめんなさい」

「私は勝てる勝負しかしない。空くんみたいな、相手によっては負けてボロボロになるかもしれない危険な賭けには絶対に乗らない。……復讐に燃えるのは止めない。私だって復讐心に燃える時はあるから。でも、その復讐がどう言う結末を齎すのかだけはちゃんと考えた方がいいよ」

「……もたらす、結果」

「そう。どうせするのなら、これ以上ないくらいコテンパンにして二度とちょっかい出せないようにする、とか? 部下として従える、とか。ともかく、空くんの望む未来を実現させるために復讐するの、わかった?」

「お、おう。心に刻んでおくよ」

「よろしい。じゃ、楽しいお昼ご飯にしましょう?」


 ここで初めて凛が笑った。

 このところ、凛が笑っている姿を見ていなかったので少しだけ嬉しい気分になる。沈んだ気分にさせ続けたのは紛れもなく俺なので心の底から喜べるわけはなかったが。


「そう言うことならオレも混ぜて欲しいな」


 パッと振り返るとそこには実がいた。

 なぜここがバレたのか。やはり気づいていないだけで尾行されていたのか。


「どうしてここがわかった」


 俺は平静を装いながら淡々と聞く。

 実は対して面白くもなさそうにいった。


「どうしてって。ここぐらいしか来るところがなかったから」

「……もしかしてここを利用しているのは私たちだけじゃなかった?」

「そうそう。オレもたまによくここを使うから。それに二人で行きそうなところって結構限られてくるからしらみ潰しに探してって感じ」


 俺たちだけが使っている場所ではない。少し考えればわかることなのにすっかり失念してしまっていた。

 しかし、俺が確認しなければならないのはそのことだけではない。


「いつからそこにいた?」

「今さっき。というかさっきから聞き方が尋問みたいなんだけど……。それは友達に向けるような言葉遣いでも視線でもないよ?」

「それはすまないな。俺だって好きでこんな高圧的な態度を取ってるわけじゃない。友達いなかったんだ、俺が安心できるまでこの口調で許してくれ」


 実に先程のことを聞かれると色々と不味い。実は今や、俺たちか他の男子か、どちら側についても強力な力となる位置にいる。核心的なことは知らないまでも他人よりも俺たちについて詳しい。

 俺が復讐心に燃えているなんてバラされでもしたら大問題だ。今度は俺だけでなく、凛も対象になるかもしれない。


「オレはさっき来たばっかだけど。……何か秘密の話でもしてた?」

「えぇ、結構トップシークレットなことよ。でも聞いていないならいいわ。一緒に食べたいなら私はお暇した方がいいかしら」

「……何で屋上にまできて男二人で飯食わないといけないんだよ。凛がいないと華がないだろ。……それに俺の弁当ないし」

「食べさせて欲しかったならそう言えばいいのに」

「違うぞ! 俺の箸を凛が返してくれないだけで俺が食べさせて欲しいと言ったわけじゃない! 実、本当だからその変な顔やめろ」


 実がにんまりと人の悪い笑みを浮かべている。

 こいつは俺を信じていないらしい。凛に食べさせて欲しいと思っているらしい。


「二人は本当に仲良しだなぁ。まるで夫婦みたい」

「えへへ、そうかなぁ」


 照れる顔を見せる凛。

 俺の方へと一歩寄ってきて、微笑む。そのとき、風が吹き俺の鼻腔を擽った。

 とってもいい匂いだった。

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