第14話「初めての友達」


「……ということで友達三日目だね、よろしく!」


 凛といい実といい、どうしてこうもみんな行動力が高いのだろう。

 友達になる、ということで下の名前で呼んでくれ、と嘆願されたので仕方がなく実と呼ぶことになった。俺のことは今まで通りに苗字で呼んでくれてよかったのだが「そういうわけにはいかないよっ!」と一蹴された。この俺の意見が通らないところも凛とまたいい勝負だ。

 あと、友達に日数を告げるのは普通なのか? 周りに「おはよ〜、今日は友達○日目だね!」などと言っている人はいないが。


「は、はぁ。友達って言ったって俺は今まで友達いなかったから何をしていいのかさっぱりわからん」

「何もそんなに身構えなくても。友達っていうのはいかに自然体でいられるかっていうのが大事だから」

「なるほど……?」


 自然体と言われても特に意識したことのない俺には難しいことだ。あえていうならば誰にも干渉されずに一人、そこにいるのかいないのかさえあやふやな存在感になっている時こそ俺は完全な自然体になっていた。だから友達といる時、と言われてもその人のことを意識せざるを得ない。

 俺が知らない間に眉を顰めてしまっていたのか、実が場を取り成すような笑みを浮かべていた。


「それで? 俺と友達(笑)になってから数日が経過したわけだが、何か面白いことでもわかったか?」

「これといった収穫は何も。この頃、オレの見立ては間違っていて本当に空たちは付き合ってるんじゃないかって思えてくるようになってきた」

「それはご苦労なことで。何ならそのままギブアップでもいいぞ」

「そうやって空が煽ってくるからやっぱりオレの見立ての方が正しいのかなぁ」


 思考のループに嵌まっていく実を見ながら俺は隣の空席に目を向ける。

 最近は俺と一緒にいてばかりだったので友達との時間を失いつつあった凛だったが、俺に実という友達という名の守護がついたことによって自由な時間を手にしたようだ。もしかしてそれを狙って実を、と思わなくもないが俺自身もこれ以上は凛の時間を俺のために使わせるわけにはいかないと思っていたので何も言えなかった。


 ただ、友達との時間を過ごし、帰ってきた凛の表情がいつも沈んでいるのは少し気がかりだった。凛に訊ねても「大丈夫」の一点張りで詳しいことを教えてくれなかった。ただずっと一人で学校という空間にいた俺にはわかる。大丈夫だという人ほど大丈夫ではないのだ。


「さぁ、どうかな」


 実を言葉遊びで翻弄しながら凛を心配する。凛はしっかり者なので自分だけで解決しようとする傾向がある。それ自体を悪いことだとは思わない。自立し自己の力で解決できるというのは素晴らしいことだ。だが、それをいつも絶えることなくし続ける必要はないのではないか。俺はそう思わずにはいられない。大人だって誰かに頼る時があるのだからまだ高校生の彼女が頼ってはいけない道理はないはずだ。

 俺ではない誰かに話して楽になっているのならいいのだが。


「そろそろヒントくださいッ!」

「ヒントぉ? 自分で考えろといいたいところだが、仕方がない。けど、凛には絶対に言うなよ」

「誰に何を言わないって?」


 俺が意を決してヒントを口にしようとした時、俺の背後から今は絶対に聞きたくない声がした。錆びたロボットのように首をギギギと動かして後ろを振り返ると。


「あらあら、随分と仲良くなったようで私は嬉しいわ」


 うふふ、と微笑む悪魔がいた。

 その笑みの奥には確かに悪魔が存在している。


「そう! オレと空はもうすっかり仲良しになった! だからそろそろオレにも秘密を教えてくれよください」

「細川くん、語尾にくださいをつければなんでも敬語になるかと言うとそうではないのよ?」

「秘密云々は置いといて。確かに他の人よりも実は話しやすいし身構えることが少なくなったな。これが友達の感覚だって言われたら納得できるぐらいには仲が良くなったと思う」

「口調もそれなりに柔らかくなればいいのだけれど。まぁ、会話を重ねていけば自然と治っていくことに期待するわ。……空くんから教えてどうするのよ。信頼できるのかどうかもちゃんと見極めないと」


 後半にかけて俺の耳元でそっと息を吐くように話す凛。背中がぞわぞわとして言葉にできない謎の感覚に襲われた。

 信頼できるのかの見極めに関しては俺はすでにその答えを持っている。だがそれを明言するにはまだ自信がなかった。幸いにも俺が心を決めたとは凛にもバレていないようだからこのまま演技を続けていくことにしよう。敵を欺くにはまず味方からだ。


「俺の免疫機能がもっと働いてくれれば身体ももっと早く治るんだけどな。口調が治るのが先か、それとも身体が治るのが先か」

「どっちにしても治ってくれることに越したことはないわ。早く元気になってデートにでも連れて行って欲しいし」

「デートならいつでも行けると思うが」

「あまり運動をしない感じのデートなら大丈夫でしょうけど、怪我人を歩かせているように思われても嫌だし、空くんとスポーツ対決してみたいし」

「俺が負ける未来が見えるんだが? もちろん凛のことだから何か負けたらペナルティがあるんだろ」

「当たり前でしょ! 背水の陣で勝負しないと本気が出せないもの」


 ある意味で戦闘狂だ。

 しかしそれぐらいの心意気がなければスポーツで勝利するのは難しいのかもしれない。俺はご免だ。


「一気に二人の世界にされるとオレの居場所がなくなるんだけど……。デートの話こそ二人きりでいる方が良くない? ほら視線がさ」


 実がちらっとクラスの方に視線を向ける。すると確かに男子からの視線が俺にビシビシ突き刺さってくるのを感じる。これ見よがしに話していたので女子からも「彼女マウント?」と人を見る目ではない穢らわしいものを見た目で俺をみてくる。

 だが、俺にとっては今更だ。今更態度を変えて、クラスに媚び諂っても何も変わらないし、俺の安寧の居場所が帰ってくるわけでもない。俺はもう戻れないところまで来てしまったのだ。さらに凛はこういうマウントを取ることによって告白を減らせるかも、と考えているので今更引き返すこともできない。


「見たい奴は見ればいい。見たくないやつはこっち見るな。野次馬のままでとやかく言う方が間違ってる」


 俺は今まで人とクラスの中で会話をしたことがないので、声の調節がうまくない。だから実に話しているにも関わらずクラス全体に聞こえるようにいってしまったのは仕方のないことなのだ。

 今まで散っていった男子からの痛い視線がくるが、どこ吹く風と受け流す。相手するだけ無駄である。


「正論をそんなに大きな声で言わなくても……。無駄な憎悪まで引き受けなくても」


 凛が本当に心配した様子で声をかけてくる。実はうっすらと見え始めた俺とクラスの火花にオロオロと狼狽えていた。それでスポーツ万能なのか。メンタル弱すぎないか。実のことは放っておいて、俺は今まで溜め込んでいた全ての気持ちを思い切り吐き出した。


「いや、この機会だから一つ言わせてもらう。凛に何もいえないからって俺に憎悪を送ってくるのはもうやめて欲しい。俺はこのクラスで友達がいないから一人でいるけど、正直うんざりだ。たかが恋が実らなかった程度で俺に全部の責任を擦りつけて憂さ晴らししていい気になって……。俺はお前たちの気持ちの吐口じゃない。ちゃんとした人間だ。俺だって、怒るときはあるし、辛いと感じる時もある。いいたいことがあるなら堂々と口で物を言えよッ!」


 俺の意見は正当で崩しようのない正論だ。

 今までにない無口だと言う印象だった俺の弁論にクラスはシン、と静まり返った。凛ですら目を丸くさせて俺をみていた。だってしょうがないだろ。俺は凛みたいに我慢強くない。一言呟かれただけで気にするお豆腐メンタルな人間なのだから。


 俺はいいたいことだけ言うと、トイレのために立ち上がった。

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