第13話「クラス」


「なぁ、ちょっといいか」


 そう声をかけられたのは昼休みのことだった。隣に座る凛が怪訝な視線を向けていたが俺はその声に頷き、後をついていった。

 学校の中で暴力などの行為はされないと思ったからこそ付いてきたのだが屋上に連れてこられて少し不安になった。前に凛と入ったルートとは別のところの屋上である。どちらかと言うとこっちの方がメジャーな屋上ルートだろう。


 俺は扉をチラリと見た。歩いているときに後ろから俺の後をつけてきているような足音が聞こえていたからだ。その考えは当たっていたようでちらっと服が見えてしまっている。見られることに慣れて身を隠す術を忘れてしまったのか。

 凛が扉の向こう側から俺の身に何も起こらないように見張っている。


「すぐ済ませるつもりだからそんなに警戒しないでくれ……って言っても無理か。今まで一言も話そうとなんかしなかったやつに急に呼び出されたらそりゃ警戒もするよな」

「まぁ、そうだな。警戒するな、と言われても無理ではあるが。他のやつとは雰囲気が違うからどう言う対応をしていいのかわからない、と言うのが俺の本音だ」


 そう。この男からは敵意が全く見られない。それどころか申し訳なさそうな瞳で俺を見ていた。

 彼の名前は細川実。運動が得意で頭を悩ませるよりも身体を動かすことを好むタイプの人間だ。だから裏表がなく接しやすい印象がある。ただそういう人は人に集まられやすいので俺と関わりになることはほぼないのだが。そんな人が一体何の用なのか。


「えっと、前原たちから聞いてこいって言われてきたんだけど…..。ん〜、もうはっきり聞くわ。吉川とどんな関係なの?」

「本人から聞いてないのか?」

「星野だって本人だろ」


 そりゃそうだ。

 俺はここで少し悩んだ。それは彼に俺と凛の本当の関係を話してもいいんじゃないか、と思ったからだった。俺一人でこれ以上耐え切るのは心がもたないかもしれない。だが他に誰か俺の役割を知って助け舟などを出してくれる人がいれば心強い。

 そう思うと今にも話したくなってしまうが凛に後で何と言われるかが恐ろしい。確か契約にはそのような項目を取り入れてなかったと思うが朧げではっきりとした事は覚えていない。


「あのとき、凛が言ったように恋人関係だ」


 俺はぼかしてみることにした。ただ聞いてこいと言われただけならこれで満足して立ち去ってくれるかもしれない。そして俺と凛に関して他の有力な情報を持っていて尚且つ俺に友好的な反応が見受けられたら話すことにしよう。


「そっか。まぁそうだよな。今まで何も話してこなかったオレに突然屋上に呼ばれて本当のことを話すわけないもんな」

「どういうことだよ」

「前原たちには今聞いた通りのことを伝えるよ。けどオレにだけは教えてくれないか? 彼女との本当の関係を」


 もしかして、こいつも凛に惚れているのだろうか。

 自分の心をひたむきに隠し通し、手に入れたチャンスとでも思っているのだろうか。


「それを知ってどうするんだよ。仮にそんなものがあったとして、そして仮に俺が細川にその隠していることを話したとして細川は俺に何をしてくれるんだ?」

「それは……星野が望んでいることをオレはするつもりだ」

「それって要はオレの返答次第ってことだろ? 自分に納得のいかなかった事実だったらそれこそ前原たちに喚き散らすつもりじゃないのか?」

「違うっ! オレはそんなこと絶対にしない」


 俺は口調が荒くなっているのに気づいた。その原因はきっと細川のはっきりとしない言い方や態度が気に入らなかったからだ。

 それにこのまま話していても水掛論で時間だけを無駄に消費してしまう。


「だそうだけど、どうする?」


 俺は屋上の扉に声をかけた。虚空に話しかけていると思った細川が驚いた視線を俺に向けてくるがそれは無視する。凛は呼ばれたくなかった、とばかりに嫌そうに出てきた。やっぱり凛だった。

 あんまり嫌そうに出て来ないで欲しい。前に自分も同じようなことをした時があっただろうに。あの時の安倍はそんなに俺を睨みつけてなかったぞ。


「気になってついてきちゃった。結構面白そうな話してるね」

「言葉と表情が全く合ってないぞ。心底面倒な話を私に持ってきやがって、みたいな態度だが」

「だってそうでしょー! こんな話は私が出るまでもなく空くんが勝手にするなり断るなりしてよ。私もそんなに暇じゃないし」

「その割には呼んだらすぐきてくれたな」

「だって、空くんの言い方が段々とキツくなってたし、このままいくと喧嘩になりそうだったから。細川くんが喧嘩を好まないのは知ってるから大丈夫かな、とは思ってたけどやっぱり心配で」


 突然の凛の登場に細川はとっても狼狽えていた。

 こいつの本来の目的って実はこっちなのでは?


「細川実です。勝手に彼氏さんとの時間を奪ってしまってごめんなさい」

「えっと、吉川凛です。それは気にしてないけど、話の内容については気になるかな」


 じゃ、あとは彼らが勝手にやっておいてくれるだろう。俺はこの隙にクラスへと帰ろうとしたのだが、凛にガシッと腕を拘束されてしまった。……俺の目一杯の力で抜けないって一体どういう握力してるんだよ。痛い。観念して脱力するとそれに比例して凛からの拘束も緩くなった。

 側にいて欲しいということなのだろうか。


「前原たちは吉川さんの言ったことをまっすぐ受け止めている。けどオレはどうしてもあなたたちが付き合っているとは思えないんだ」

「……その根拠は何かあるのかな」

「根拠は……ごめん。オレのただの勘」


 謝る必要はないのに頭を下げる細川。凛の高圧的な態度が下手にならざるを得ないようにしているのか。だがいったん第三者視点で物事を観察してみると細川という男は案外いい奴なのかもしれないと思わされる。

 ただいつもとは違う不穏なものを感じ取ったと言うだけで本人に突貫する行動力は羨ましく思うほどだ。


「そんな勘だけで私たちに会ったのは何故?」

「何か危ないことをしようとしているのなら止めにきた。何か成し遂げようとしているのなら力を貸しに来た。そして困っているなら助けるためにきた」


 キッパリと告げる細川に俺が惚れてしまいそうだった。

 一方の凛は大して気にした様子もなく、一瞥しただけだった。結構彼にとっては気恥ずかしいセリフだったと思うのでそれなりの反応をしてあげて欲しい。

 真っ直ぐな視線が凛を射抜く。


「もしも細川くんが私たちの力になりたいっていうのなら、一週間で空くんと友達になってその片鱗を掴み取れれば本当のことを教えてあげる」

「お、おい!」

「友達いなかったしいいでしょ。それに私がいうだけじゃ治らないようだし」


 それは俺の口調のことを言っているのだろうか。

 俺が凛をじっと睨むがふいっとそっぽを向いてしまう。頬をツネってやろうと思い、身体を動かすがそれを抜け出すためと勘違いした凛が締め付けてくる。それ以上されたら死ぬってッ!!

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