第11話「お泊まり」
「……とんでもない無茶をしたのね。一つ間違えていれば私も空くんも今頃、半殺しの状態で見知らぬ土地に放り出されてたかもしれないのよ」
「わ、わかってる、俺がどれだけの無茶をしでかしたのかぐらい。けどそれで助かったんだからいいじゃないか」
「それは結果論でしょ? 百歩譲って私がそうなっても自業自得だけど空くんは完全にとばっちりじゃない!」
家に帰って風呂上がり早々に俺は凛から怒られていた。と言うのも、俺が警察を呼んだ、と言ったにも関わらず来ないことを不思議に思った凛が訊ねてきたので俺が懇切丁寧にハッタリであったことや、たまたま偶然殴られなかったことなどを説明すると、盛大なため息を沢山こぼされ、呆れた視線を向けられた。そして数分経って、俺のあまりにも無謀すぎる行動にお小言を言い始め、それが大きくなって今に至る。
もう終わったことなのだからいいじゃないか、と思う反面に凛の言うように流石に無茶が過ぎたな、という反省もあった。
だがその反省を誰かに言うつもりはなかった。自分の中で消化できていればそれでいい。だがそんな態度が凛にまた同じことをするかもしれない、と思わせてしまったのだろう。
俺は反省もしたし、凛が今履いている下着の色は白色だと言うこともわかったし、別にこれ以上とやかく言うことはない。
「ねぇ、ちゃんと聞いてる?」
俺の表情を覗き込んで失礼なことを言う凛。ちゃんと聞いてるさ。でも右から左にほとんど流れているかもしれない。
「聞いてる。それよりもうそろそろ寝るべきじゃないか? 明日学校だろ。少し早めに起きないと俺の家で寝泊まりしたことを誰かに見られるかもしれない」
「私の彼氏だからそれでもいいんじゃないの? 見せ付けてしまえば」
「え」
あっけからんと言い切る凛。
俺はそのような言葉が凛から出てくるとは思わずつい固まってしまった。凛は俺がフリーズ状態になっているのに気づき、少し悲しそうにくすくすと笑うと。
「ごめんね、冗談だよ。私との契約ももう終わっちゃったし今更……私の彼氏なんて言えない」
「それはどういう……」
「私の約束は空くんに降りかかる害から守ること。そして代わりに空くんは私の彼氏になって面倒くさい告白がこれ以上増えないような抑止力になってくれること。これが契約の内容だった。でも私だけがこれを守れてない。……空くんは隠そうとしてたけどこの傷が放課後誰かに負わされたものだって私は気づいているし、さっきだってそう。私のせいで本来関係のないことまで巻き込んでる。これじゃあ私だけが得をして空くんは損ばかりしてるよ」
胸に手を置いて真剣に話す凛の姿は誰かに追い詰められているような感じがした。それは凛本人なのかもしれないし、他の誰かなのかもしれなかったがその言葉を俺はまっすぐ受け取る気にはなれなかった。
「確かに契約はそうだったかもしれない。けど、放課後までこの契約を適用するのは無理があるし、今日だってイレギュラーな事態だったから仕方がないだろ」
「で、でも」
「正直、俺は契約なんて覚えちゃいない。俺にとって大事なのは俺が凛の彼氏としていれば凛の気持ちが軽くなって、俺は凛と話すことができて嬉しいってことだけだ。彼氏としてか友達としてかはよくわからんけどな。メリットとか利益とかでは考えてない」
「……変なの。私が自分で言うと嫌味にしか聞こえないけど、私は結構モテる方だから、彼氏って名乗るだけで優越感とか強者感が出るって言うメリットで付き合ってくれてると思ってたのに」
「生憎と、そう言う感情は持ち合わせていない。友達がいないから見せつける奴がいないんだよ」
俺が少し拗ねながら言うと、凛はくすくすと笑った。
そこでどうして笑うのか、と問い詰めたくなったがぎこちなかった笑みが戻ってきたような気がしたのであえて余計なことは言わないでおく。金髪たちに脅迫的なナンパをされた凛はあれからしばらく帰路に着くまで涙を流していた。
俺が何を言っても頷くばかりで心配だったのだが、心は壊されてはいなかったようだ。
「空くんって結構いい人なのにどうして友達ができないんだろうね」
「おいそれは俺に喧嘩を売ってるのか? そう言う気なら喜んで買うぞ」
「多分そう言うことなんだなぁって今理解したよ」
何だろう。喧嘩っ早いってことだろうか。
「そろそろ寝ようか。大丈夫か、一人で寝られるか?」
「ありがと。でも多分大丈夫。……もしもダメそうだったら空くんの布団の中に入るから」
「冗談で言ってるんだよな?」
真面目なのか、真面目にふざけているのか判断がつかない。もしも本当に付き合っているならば惚気のシーンだったに違いないが俺と凛の場合は少し特殊なので俺の足りない頭ではどちらかに判断することはできなかった。
おやすみ、と挨拶を交わして部屋を出る。
俺は自分の部屋があるのでそこで寝るが凛は客間に布団を敷いて眠る。いい夢が見れたらいいが、と心配しつつ自室へと篭る。
俺はベッドに寝転がり、天井をじっと見つめながらこれまでのことを思い返していた。
数ヶ月前の自分に今の状況を伝えたところで絶対に相手にしてくれなかっただろう。楽し気な夢でも見ているのではないか、と馬鹿にされてしまいそうだ。だが今、俺が経験しているこの状況は夢などではない。しっかりとした現実だ。
そこで俺は凛とひょんなことから知り合い、偽彼氏になり誰かに殴られてゴロツキと勝負することになった。
身体的な損傷はあるが楽しいと思っている自分がいることを俺はすでにわかっていた。
そこで凛のことをどう思っているのかについて考えてみる。
彼女とは友達の感覚なのか、それとも彼女に恋をしてしまっているのだろうか。
正直、今の俺にはわからない。友達という存在さえ実在しなかった俺は比較対象がない。恋だって、どれが恋なのかわからないのだ。
今まで苦労していなかったがここで苦しくなるとは思ってもみなかった。
しかし、こうも思う。
「絶対に相手を好きになってはいけない、か」
それは凛が提示した追加ルール。依存と恋の感情を混同させないようにするため、だと言っていたような気がするが、それは果たして俺のためだったのだろうか。
「考えても無駄だな。俺にはわからない。何をしても何を聞いても何を感じても、凛と一緒にいるときはどれもが新しくて楽しい。新鮮さにワクワクしているのか冒険心がくすぐられているのか……。俺の気持ちにいつか俺自身が気づける日まで、この感情は押しとどめておくべきだろう」
口に出せば頭に刻まれる。
俺はおそらく絶対にこの契約を解消することはないだろう。それは俺自身が成長をしたいと望み、その過程として利用したいと考えているから、ではなく、俺にもわからない謎の感情に付き従ってみたいから。
「好きになってはいけない」
俺はもう一度、確かめるように呟いた。
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