第10話「ベタな展開」
俺は栓がしっかりとされていることを確かめた上で給湯のボタンを押した。あとは勝手に設定したℓ分を溜めてくれる。そして急いで凛の後を追う。
危ないから泊まるという因果関係のはずなのに一人で暗い中、近くのコンビニに買いに行くと言うのは本末転倒な気がしないでもない。確かに俺がそばにいる時に下着を買いたくはないだろう。俺だって隣に凛がいる時にわざわざパンツを買うことはしない。
しかし、とは言えだ。
せめて俺が同じコンビニの中にいる、とか外の駐車場で待ってる、とかするべきだろう。
普段運動しない身体に鞭を打ち、急いでコンビニへと向かう。もう少し運動しておけばよかったと思うが今更手遅れだ。すぐに呼吸が上がってしまい、肩で息をするようになる。
コンビニの明かりがすぐそばに見える時にはすっかり疲弊してしまっていた。これでは父さんが言うように有事の時に何もできないただのヒョロガリになってしまう。……太っている、と言われるよりはマシだがもう少し言い方があるだろうに。
「はぁ……やっぱりか」
俺の懸念はある意味で当たっていた。それも全然嬉しくない方が。
駐車場に屯っているのは2、3人の柄の悪い男たちだった。それぞれ金髪、赤髪、青髪、と派手な色に染めている髪の毛がコンビニの明かりに照らされて、俺の視界に飛び込んでくる。目つきがとても鋭く、射抜かれそうなほどだ。まだ出てくるには少しばかり早い時間な気もしたが、それをこの人たちに言ったところで意味がない。
俺は呼吸を整えて、大きく深呼吸をした。ここからの作戦は息を殺して視線は一点を見つめながら何事もないようにコンビニに入る、という単純なもの。何度も脳内で趣味レーションを行い、成功確立を導き出す。その確率は驚異の100%。
意を決して一歩目を歩き出した時、俺はその一歩目以上の足を出すことができなかった。
ちょうどそのタイミングで凛が出てきたからだ。その手には買った商品が入っているのであろう袋が握られている。そこで声をかけたらよかったのだろう。そうすれば絡まれることなく俺と凛は家にまっすぐ帰ることができていたかもしれない。
「おっ? こんな時間に一人で買い物?」
金髪が出てきた凛に目をつけた。入っていく時にはすでに狙いをつけていたのかもしれない。そしてあっという間に赤髪と青髪も加わって三人が凛を囲むようになった。
ナンパとはまた少し違う緊迫感が強い雰囲気。
押し退けて進むこともできなければコンビニに引き返すこともできない感じになっていた。
「そうですけど……。あなた達は一体誰ですか? 私はこれから帰るので、用がないなら失礼させていただきたいのですけど」
「まぁ堅いこと言うなって。どうよ、俺らとちょっと遊ばない?」
「そうそう。俺たち、面白い遊び知ってるから一緒にやろうよ。きっと病みつきになって抜け出せなくなるぜ」
「いいえ、明日も学校があるし朝も早いのでせっかくですが遠慮させていただきます。では失礼します」
凛が間を抜けようとすると、金髪に腕をぐっと掴まれた。そして乱暴とも言える腕力で凛を引き寄せる。
「そっかぁ学生さんかぁ。ちょっと俺らに色々なこと教えてくれや? 具体的にはその買ったものとかなぁ?」
金髪が目配せをすると青髪が一瞬の隙をついて凛から袋を奪い、中身を取り出した。そこには買ってくると言っていた白い下着があった。凛が流石に身の危険を感じて他人の助けを求めようとしたところでそうはさせまいと金髪が凛の口を塞いだ。
「騒ぐなよ。俺たちなら今すぐ車に引き込んでどこか遠くに行くことだってできるんだぜぇ? 今ここで遊ぶのが楽しいからこうしてるだけだからあんまりその気にさせない方が身のためだぞ?」
俺には金髪が凛に何を話しているのかが聞き取れなかった。だが絶対にいいことではないと言うことだけはわかる。恐怖心を煽り、言うことを聞かせようとしているに違いない。
俺は助けなければ、と思った。助けないと凛が遠くに行ってしまうかもしれない。
「ウッヒョォ! コンビニで新品の下着を買う美少女とかどんなシチュエーションだよぉ!? こいつ絶対初めてだぜ? 俺が先に頂いてしまおうかなぁッ!」
「ほらほら怖くないよ、泣かないで。ちょっと服を脱いでもらうだけだから」
俺は腹の底がぐつぐつと煮えたぎっているのを感じた。許さない。
そこまで凛が苦しめられているのに動かない自分にも俺は腹立たしかった。吐きそうになりながらも俺は自分の体を鼓舞した。動け、と念じて助けろ、と命令した。
「おい」
自分でも驚くほど低い声が出た。
恐怖に耐えて怒りに耐えて感情を抑えてただ淡々と言葉を出す。そのことだけを意識すると案外、低い声が出た。
ただ彼らにとってはさほど意味がなかったようでただ呼び止められただけのようにこちらを向いただけだった。しかし、挑発と受け取ったのかこめかみに薄く血管が浮き出していた。
「何だお前。俺たちに何か用でもあるのか?」
俺はその問いに答えなかった。そして代わりに手に持っていた携帯を腰の辺りから肩まで上げて思い切り見せつけた。
「警察に連絡した。時期にサイレンの音がするだろう。……その女は俺のものだ。手を離せ」
ほとんどハッタリだった。俺は警察に連絡していない。だからサイレンの音がするはずもないのだ。ある種の賭けだった。堂々とした態度と緊張を見せなかった声色、それに俺の全身を使って凄みも相待ってそれなりの迫力にはなっていると思う。
彼らは一瞬目を見張って俺をまじまじと見たが、ニヤリと突然笑った。
「そうかそうか。この女はお前のか? 下着も新調してこれからお盛んだったってとこか? だったら残念だったなぁ。こいつは今から俺の女だからよぉ」
「そ、空くん! 助けて!!」
「おっと、可愛い彼女からのお助けコールが鳴ってるぞぉ? でも俺言ったよなぁ? 次に大声出したら……ついその気になっちゃうんだよなぁッ!!」
金髪が思い切り振りかぶった時、俺は思い切り駆け出していた。俺の脚力だと本来ならば絶対に間に合わない距離だった。だが不思議と今だけは絶対に届く、と思った。そして本当に、届いた。
狙いは腹だったのでそこに左手を合わせて受け流し、凛を掴んでいる金髪の腕に長くなっていたのに切り忘れていた爪を遠慮なく突き刺した。
俺も痛かったが、向こうはそれ以上に痛かったはずだ。
凛を俺の方へと引き寄せて背中に隠す。呆気に取られた金髪とこの一連の流れをただ見つめていた赤髪、青髪の二人は腑抜けた顔をしていた。ゴロツキの名前が泣くぞ。しかしそれも束の間。憤怒に燃えた金髪が力任せに拳を振り上げて俺に襲い掛かってきた。
さっきはたまたまできただけで俺には防御のスキルもなければ受け流しのスキルもないので大人しく受けるしかないのか、と諦めながら待っていると。
その時、サイレンが鳴った。
金髪の動作がぴたりと止まる。まるで時間停止の魔法にかかってしまったかのように動かない。じっとサイレンの音を聞いているのだろう。大きくなれば近づいていると言うことであり、小さくなればただ通り掛かっただけと言うことになる。
俺はこっちにきてくれ、と願った。その願いが通じたのか。
サイレンは大きくなってきた。こちらに近づいてきていると言うことだ。
「や、ヤベェ! ポリだ! 逃げろぉおおッ!」
彼らは顔を真っ青にさせると一目散に逃げていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます