第7話「スーパー」


 俺はピーマンが嫌いだ。何を小学生のようなことを、と言われるかもしれないがとにかくピーマンだけは苦手なのだ。ピーマンを食べるぐらいなら一食を抜いても構わない。


 俺も段々と成長してきて知恵をつけてきた。そして悟ったのだ。

 ピーマンと同じ栄養があるものを食べればわざわざピーマンを食べる必要がない、ということを。

 まさに画期的な解決方法だった。


「だからピーマンはやめてくれないか。いややめてください」


 しかし、この歳になってピーマンのせいで誰かに懇願することになるとは思ってもいなかった。


「だーめ。ピーマンだって食べられるために店頭にあるんだし、調理次第では美味しくなるから。私が美味しく料理してあげるから食べてあげなよ」

「食べられる人が食べたら良くないか? 俺みたいな嫌いな人が嫌々食べるよりも美味しく食べられる人が満足気に食べてあげた方がピーマンは喜ぶんじゃないか?」

「ピーマンに人格はありません。それに、あんまり大きな声で言ってると小さい子にばかにされるよ?」


 ピーマンは小さい子の天敵だからね、と付け加えてくる。


 そんなことは百も承知である。しかしどれだけ御宅を並べようともピーマンはピーマン。あの緑の独特な形とむぎゅっとする苦い感触。あれはまさに災害だ。

 俺が絶望した表情を浮かべている横で凛は安売りのシールが貼られたピーマンの袋を二つ、買い物カゴに放り込んだ。一つ目から二つ目にかけての俺の絶望感は半端ではなかったことを記しておく。


「というか料理できるんだな」

「料理できるよ〜。一生懸命に練習して段々とできるようになった感じ。将来一人暮らしするなら料理はできるようになっておかないとねぇっていうお母さんの方針」

「いいお母さんじゃん」

「でもその後に決まって『料理のできる男の子と付き合って同棲すれば料理はお任せできるのよ?』って言ってくるから最近はちょっと苦手」

「そのお母さんは学校で凛が男を振りまくってるって聞いたらどんな顔するかな」


 俺がぼそりと呟くと凛がピーマンで俺の脇腹を突き刺してきた。

 こしょばゆいはずなのにピーマンにやられたせいか何も感じなかった。


「告白されてることはママには秘密にしてるの。まさか自分の娘が告白されまくりになっているなんて思ってもいないでしょうから」

「堂々といえばいいのに」

「お母さんは告白されたことに喜んでくれるだろうけど、それよりもフラれた方に気持ちを寄り添ってあげるから……。ちょっと言いづらくて」


 告白されるというのはあくまでも受動態で、それは単なる誰かに好かれたという証明でしかない。そこから得られることは少ない。一方で告白するということはそれだけ気持ちが強かったということでもあるだろう。それを伝えるために振り絞った勇気も頑張って差し出した手も告白をしなければ得られなかったことだ。そして深く傷ついたとしてもその経験は不滅だ。そこに寄り添える凛の母を俺は素直に尊敬した。


「あーまぁ、確かに」


 俺は曖昧に返事をする。

 その点で言えば俺は複雑な立場に立たされていると言って過言ではない。

 俺が告白をした訳でもなけれな凛が俺に告白したわけでもない。どちらからともなく付き合うことになったのだがそれはあくまでも仮であり、偽物なのである。

 凛の母にとって今の関係は受け入れられるものだろうか。


「まぁいいわ。私もいつか誰かに告白された時に、寄り添ってもらうから。それまではひたすら我慢するしかないわね」

「凛ぐらいの綺麗な人に告白されたら大抵の男の人はころりなんじゃないか?」

「お世辞をありがとう。でもそんなに簡単じゃないでしょう? 男女は逆転するけど八重は義時ではなくて羊の方を選んだのよ。どう見ても義時の方がかっこいいでしょう」

「……それはそうかもしれないけど、というかその時代は身分とかあっただろ。今は身分もないし誰でも自由に恋愛ができる時代だぞ? 男としてこういうことは言いたくはないけど、見てくれが重要度のトップ3に入っていることは間違いない」

「他は?」

「性格と安心感じゃないか?」


 トップ3に何を求めるかは男の中でも意見が割れるところだろう。俺は見てくれ、性格、安心感、の三つだが他に違うものを当てはめる人もいる。


「結構強欲じゃない?」


 凛が吐き捨てるようにいう。俺だってわからなくはない。全て揃っているのはそれこそ誰かが作り上げた二次元のキャラクターとかそこら辺だろう。現実世界で探そうとするとハードルを落とした方がいい。

 俺が肩を竦めて、


「女性も異性のこと言えないんじゃないか?」

「まぁ、否定はできないわね」


 挑発するとざっくばらんとした意見が返ってきた。

 もう少し否定が来ると思っていたので肩透かしを食らった気分だ。


「理想はイケメンで高収入、気遣いができて私にだけ特に優しい。ジェントルマンで私を第一に考えてくれる人とか」

「安心しろ、そんな男性は世の中にはいない」

「そうかしら?」

「まず、イケメンっていう時点でほとんどの人間は対象外だ。限られた人間から自分だけ優先してくれる人を見つけるなんてそれこそ砂漠で湧水を探すようなものだ」

「絶望的ね。でも結婚している人が少なからずいるということは誰もが何かしらを妥協しているってことなのかな」

「それか恋は盲目か」


 俺が一言いうと、凛はそうね、と降参した。


「結婚とかしてみたい?」

「よくわからない。まだ付き合ったこともないのに……結婚とかは考えたこともなかったな」


 結婚という言葉は知っていても身をもって体験するのはもっと先のことだと思っている。それは自分にまだ前提条件となるお付き合いという経験がないから、というのと十七歳という微妙な年齢のせいだ。


「じゃあもし……」

「もし?」


 凛が何か意味あり気な表情で例え話を提示してくる。俺はその先が気になっておうむ返しのように言葉を返す。すると急に彼女はもじもじと身体をくねらせた。


 トイレだろうか。口には出さないが、少しだけその可能性を考えた。


「やっぱいいや。忘れて」


 俺の邪な考えが見透かされてしまったのか、凛はその先を言葉にするのをやめた。先が気になって仕方がなかったが訊ねても答えてくれなかったので、諦めるしかなかった。

 一体何を言おうとしていたのか。

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