第6話「構成員」
俺の買い物を終えて、今度は凛と食料を買いにいくことになり歩いていると。
凛が唐突に俺の腕をとった。ドキッと驚いて凛の顔をまじまじとみるのだがその表情はいたく真面目でそういう気でしたのではないということだけははっきりとわかった。
「……どした?」
「誰かつけてきてる。もしかしたら私がいなくなった時を見計らって空くんに害を成す気なのかもしれない」
「そんなばかな」
俺がおどけて見せると、凛はじっと視線を向けてくる。
まるで俺の隠したいことなど全てお見通しだとでもいうように。
俺はそのまっすぐな瞳に何も言い返すことができなかった。俺も誰かが付けていることは何となくであるがわかっていたし、その能力に関しては凛の方が高いに決まっている。不本意ながらも磨かれてしまったスキルとでもいうべきか。
凛が俺の腕をぎゅっと掴む。
怖くてしているのか、それとも俺を守るためにしていることなのか、それともこんな時に限ってカップルであることを見せつけようとしているのか……。
俺は凛とは対照的に何も知らないふりをしてずんずんと進んでいくことにする。
「空くんは気づいてないの?」
「何となく誰かが一定距離を保ってついてきているんじゃないかなっていう予感はあるが、はっきりとしたことはわからん」
「そんなだからボコボコにされるんだよ」
「いや、あれは背後からいきなり……って違う。間違えた」
取り繕ってももう手遅れであった。
「後でじっくりとお話聞かせてもらおうかしら」
「お、お手柔らかにお願いします」
俺の嘆願に凛はふん、と知らん顔だ。少し慈悲をください。
平静を装って何気ない会話も交えつつ凛が主導して人気のないところに入った。
そして、振り向き様に一言。
「ずっと付き纏われてきた私がその程度の尾行に気づいていないと思ってるの? さっさとでて来なさい。私の空くんをここまで虐め抜いてくれたゲス野郎」
大きく啖呵を切った凛がじっと見据えるその先に人影はなかった。しばらく待ってみてもそこから人は現れず、凛の啖呵が不発に終わってしまいそうだった。
「虚空に話したみたいになってるけど、大丈夫か?」
「だ、大丈夫よ! 今だってどこかに隠れてこの状況を嘲笑っているに違いないわ。それで私たちが背中を向けると襲いかかってくる気なのよ! もう少し待ってみましょう?」
恥ずかしさを隠そうとしているのかやけに早口で捲し上げる凛は耳も赤くなっていた。
俺が何を言っても動きそうにないので仕方がなく付き合うことにする。俺が必要な部品は既に買ったし、あとは凛が食料を買って、家に帰宅するだけだ。あまり予定がないので暇つぶしといえば暇つぶしにもなりそうだな。
「あ〜あ〜、そんなにわーわーきゃーきゃー言ってると、近所迷惑ですよ? 吉川凛さん」
まさか出てくるとは思わなかったので俺も目を見張った。
尾行はターゲットに見つかった時点で失敗だと言っていい。だからわざわざ自分のことを相手に見せつけることは本来しないはずなのだ。自分の存在が謎であったならば不可抗力の何かが起こった時、何事もなかったかのようにやり直すこともできるがバラしてしまうと今後の尾行はやりづらくなるだろう。
尾行される側からすれば嬉しいことこの上ないのだが。
「悉く男を振っていった吉川凛の本命相手がまさかこんな貧弱で何の取り柄もないような凡人だったとは驚きを通り越して呆れてしまいそうだ」
「安倍くん……」
凛が小さく呟く。
名前を知っているということはそれなりの関係があるということなのだろうか。俺は全くの初めまして状態なので突然罵倒されて困惑しかない。本当だぞ。喜びの感情はないからな。
「僕に言わせればどうしてみんなが好むのがあなたなのかさっぱりわかりませんが、それはいいでしょう。あなたがターゲットである限り僕はいい商売ができるので」
「もう付き纏わないでって言ったはずよ」
「偽の彼氏ができたから、ですよね? 僕にしようとしたことと同じことをしようとしているのですか……。学ばないとはまさにこのこと。僕にはフラれたけれどこいつはまんまと網にかかったと」
安倍、と呼ばれた陰気臭い青年はくすくすと嫌な笑いをさせながら値踏みをするような視線を向けてくる。
「顔は平凡、友達はなく、もちろん彼女もいない。吉川凛から持ち出された話はさぞかし棚からぼたもちのいい話だったのでしょうねぇ」
「……おまえ、誰?」
得意気に話している途中に申し訳ないがこれ以上話をされるといい加減俺の方も堪忍袋の緒が切れそうだ。
「あぁ、失礼しました。僕は安倍泰明と申します。あなたたちに情報を提供している構成員のAだと言った方が心当たりがありますかね?」
「残念ながら構成員とかAとか言った話は聞いたことないし、正直どうでもいい。ただ傍から見ていてフラれた元カレ感が凄かったから声をかけただけだ」
「はっ……はぁああっ?!」
安倍は面白いぐらいに顔を真っ赤にさせた。どうやら怒らせてしまったらしい。
くいくいと裾を引っ張られるので注意を向けると凛が呆れた顔でジトッとした視線を向けてくる。
「そんな言い方したら怒るのなんて当たり前じゃない! 私言ったよね、もう少し言い方を変えた方がいいよって」
「今のこれが俺にできる精一杯の言い方だったんだよ!」
ぎゃいぎゃいと喚く俺たちに呆れたのか安倍ははぁっと大きくため息を吐くと、
「ここまでばかにされたのは生まれて初めてですよ。それに今の会話で吉川凛はもちろん、星野空、君もまた学びを知らない愚かな人間だとわかりました。本日はそれでよしとしましょう。精々束の間のカップルごっこを楽しむことですね」
悪役を狙っているのではないか、と疑うぐらいにはぴったりなセリフを吐き捨てる。
安倍は背を向けてこれ以上は無駄だと言わんばかりに帰ろうとしていた。しかし勝手に返すわけにもいかないので、俺はちょっと待てと静止の声をかけた。
首だけ捻り、要件を聞くつもりのようだ。
「先日、俺に猛烈な暴力アタックをしてきた奴を知ってるか?」
「知っていたとして、それをどうしてわざわざ教える必要がある?」
「そうか、なるほどな。気にしないでくれ、これはただの……雑談だ」
「そうかい」
俺は彼が一瞬だけ眉を顰めたのを見逃さなかった。犯人は自分ではないが、心当たりがある、と言いたげな様子だった。俺は犯人を探してとっちめるつもりはない。だがもう一度、俺に接触をして来た時に倍にして返してやりたいだけだ。
「……ところで、いつまで俺の腕にしがみついてるつもりだ?」
「え? ……あっ、ごめん」
素直に謝るなよ。照れちゃうだろ。
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