風のかたち 🐪🐫

上月くるを

風のかたち 🐪🐫



 ひとコブ駱駝らくだとふたコブ駱駝は、じつは、あんまり仲がよくありませんでした。

 どちらも観光客相手の仕事にいやけがさしていたので、いつもふきげんなのです。


 いろいろな国の人を背中にのせて、砂が鳴く山と、三日月型の湖を往復するだけ。

 物心ついたときからずうっとこれですから、大あくびぐらいでは、とてもとても。


 で、ついつい、断崖絶壁の岸スレスレを歩いてみたり、とつぜん暴走してみたり。

 そのたび背中のサングラスがキャアキャア騒ぐのがせめてもの慰めでした。(笑)


      *


 夜、粗末な小屋で休んでいるとき、ふたコブ駱駝がひとコブ駱駝に言いました。

「ねえ、あたしたち、このまま駱駝の一生を終えるのかしら。つまんないわねえ」


 めずらしくおセンチになっていたひとコブ駱駝も、釣られて相槌を打ちました。

「おおよ。自分の一生なのに、自分で引けねえんだよな、設計図ってえやつをさ」


 コブとコブのあいだに敷物をしいてふたり乗せたり、あるいはひとつだけのコブに無理やりしがみつかせたりして客を運んでいるので、駱駝はあんがい耳年増。(笑)


「ものは相談なんだけど、今夜はとりわけ月が明るいから、一緒に逃げ出さない?」

「意外とおまえ大胆なんだな……そうだな、人間の金儲けの道具で終わるのも、な」


      *


 小屋を抜け出たひとコブとふたコブ駱駝は、仲よく連れ立って歩いて行きました。

 背中の軽さを楽しんでいると、天の川が端から端まで見える広い砂漠に出ました。


「うわあ、すごいわねえ。こんなところがあったなんて、いままで知らなかったわ」

「狭い場所を行ったり来たりして来たおれらって、いったいなんだったんだろうな」


 2頭の駱駝はすっかり気持ちよくなって、その名も駱駝草(笑)というゴワゴワの葉っぱしか生えていない砂漠を存分に走りまわっていましたが……そのうちにふと。


「なんだか、あたし、胸のあたりがヘンなのよ。キュッと絞めつけられるみたいで」

「おまえもか? じつはさ、おいらもさっきから心の臓がドキドキしているんだよ」


 大地にポツネンとたたずんだ2頭の駱駝は、不安そうにあたりを見まわしました。

 そんなひとコブとふたコブ駱駝におかまいなく、風が縦横に吹き抜けてゆきます。

 

「ねえ、思ったんだけど、この砂漠を吹く風には、かたちというものがないのよね」

「そういえば、おいらの縄張りの山も湖も、みんな風がつくった、かたちだよなあ」


 見上げる夜空には、恐ろしいほど数多の星が、ザラザラと音を立てています。🌌

 顔も知らないおっかさんみたいだった満月も、なんだか妙によそよそしくて。🌔


      *


 あくる朝、駱駝の背に観光客を乗せて鳴沙山めいさざん月牙泉げつがせんをめぐる商売をしている男が出勤してみると、まだほんのネンネのころに駱駝商から買った2頭の駱駝は、いつもどおり長い睫毛まつげを伏せ、さもまずそうに干からびた駱駝草を食んでいました。(笑)


 中国大陸の奥地、敦煌とんこうの農村部に生まれた男もこの土地のことしか知りません。

 まして、駱駝にも心があり、昨夜、広場恐怖症に怯えたことなどは……。🐪🐫

 

 



 

 



 


 

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