ニラ嫌いな子にニラ好きになってもらう「ニラと豆腐の卵とじ」
葉っぱちゃん
ニラ嫌いの子をニラ好きにする『ニラと豆腐の卵とじ』
ネオンも消し、店のお掃除も終わってサトシがダイニングルームに入ってきた。
もう9時近くになっていた。
マスターは、理髪店の組合の会合に出かけてまだ帰っていなかった。
葉子は、女性のお馴染みさんの髪をカットし終わってから、急いで台所に入り、まかない料理に取りかかった。
手すきの時に作っておいた餃子の具を冷蔵庫から取り出し、閉店時間に間に合わそうと大急ぎで皮に包み、フライパンで焼いた。
うまい具合に、ぎりぎり間に合った。
サトシが私服に着かえてダイニングルームに入ってきた。
「終わりました」とサトシは言った。
「お疲れ様、餃子が出来ているから食べてね」と、葉子は洗い物をしながら言った。
いつもは「いただきます」とすぐに返事が返ってくるのに、一瞬間があった。
「奥さん、すみませんが今日は彼女と約束があるもので」
「ええっ、そうなの?」
「せっかく作ってもらったのにすみません」
「いやいや、いいのよ」
「じゃっ、失礼します」
葉子はあきれていた。それならそうと早く言ってくれれば、餃子のような面倒くさいものは作らず、残り物でよかったのだ。
マスターは組合の日は仲間とお酒を飲んでぐでんぐでんに酔っぱらい、ベッドに行きつくのがようやっとで、寝てしまうのだ。
「あーあ」とため息をついて、葉子はサトシのために並べたまかない料理を自分で食べ始めた。
サトシを雇ってから一か月。
盛岡の田舎から彼女を追って出てきたサトシが結婚資金をためようと、食費を削って特価のインスタントラーメンばかり食べているのを見かねて、まかないをつけることにした。
自分らの息子は理髪店を継ぐ意思がなく、サラリーマンになってそれぞれ独立して出ていってしまった。心の空白を埋めるのにサトシは格好の存在だった。
翌晩は、オムレツとサラダを作った。その日は客が多く忙しかったので、みそ汁を作る暇がなく、インスタントみそ汁にし、香の物をつけた。
サトシは仕事が上がると、「いただきます」とかき込むように食べた。
葉子は満足だった。
活気のある若い衆を見ていると、自分まで若くなったような気がする。
毎夕、腕を振るった。
楽しい。
生き甲斐があった。
若い男の子が好きそうなメニューを毎晩出した。
豚カツとキャベツ。
コロッケとスープ。
唐揚げ。
サトシはいつも喜んでご飯もお替りしてもりもりと食べた。
でもさ、と葉子は考えた。
野菜が少ない料理だわ。もっと野菜も食べさせなくっちゃ。
その晩、葉子はニラレバを出した。
サトシはダイニングキッチンに入ってきた瞬間、食卓の上のお皿を見て、
「奥さん、すみません。今日は映画のレイトショーの約束があるので、遅れるといけないので失礼します」と言った。
「あれまあ。気を付けていってらっしゃいね」
葉子は快くサトシを送り出した。
「マスター!」と、葉子は店で、レジを閉めている夫に言った。
「サトシ君は、今夜まかないいらないそうよ。知らないでついでしまったので、一緒に食べましょう」
「あいよ」とマスターは言って、レジを閉めた。
あくる日、なじみのお客さんが、カキを持ってきてくれた。
葉子はカキフライが大好きなので、生でも食べられる新鮮なカキだったけれど、カキフライにした。
サトシは、テーブルの上を見て、「カキフライですか。僕の大好物です」と言って寄って来て、「いただきます」と言って勢いよく食べた。
葉子はサトシの豪快な食べっぷりを見て、我が息子のことのように喜んだ。
レジを閉めた夫が現れたので、葉子は急いでサトシのものを片付け始めた。
サトシのみそ汁のお椀を見ると、底の方にニラが残っている。お豆腐の方は全部食べているのに、ニラはいっぱい残っている。
ああ、サトシはニラが嫌いなのだなと、察することができた。
そういえば、と、葉子は思いついた。
ニラレバ炒めをした時も、餃子にニラを入れた時も、サトシは彼女と約束があるからと言って食べなかった。さては、サトシはニラ嫌いなのに、言い出せなかったのだなと思いついた。
葉子は、ニラは体に良いと思い込んでいる。二人の息子にもたっぷりとニラを食べさせた。そのお陰か二人とも風邪一つ引かなかった。
サトシは田舎出なのに華奢で、よく頭が痛い喉が痛いと言っている。そうだ、サトシにニラを食べてもらおう。ニラとわからないようにいつの間にか喉を通っているようなレシピを考えようと葉子は思った。
葉子は、いいことを思いついた。ニラを大きく切るからニラの繊維が喉に引っかかって飲み込めないのかもしれない。ここはニラをみじん切りとまではいかなくても、小さく切ればいいのと違うだろうか?そしてお豆腐でくるんで、知らぬ間に喉を通り過ぎているようにする。あの独特のにおいも、お豆腐に吸い取られて、気にならないだろう。
でも、若い子なんだから、肉けが無ければ。
そう思った洋子は、豚ミンチを入れることにした。
店の休日の日、葉子は試作にとりかかった。
葉子は買ってきた豚ミンチをまず炒めた。
そこへ木綿豆腐を絞って崩していれ、炒める。
そこにニラを小さく切って入れた。
それから、オイスターソース、みりん、酒で味付けし、溶き卵を作って、半分は入れて混ぜ、あとの半分で閉じた。そうして出来上がったものに胡麻油をちょちょっとかけてみた。
熱いうちに夫を呼び食べてもらったら、「いける!」と一言返ってきた。
葉子はニンマリした。
翌々日、まかない料理にそれを出した。
葉子は後片付けをするふりをしながら、ちらちらとサトシを見ていた。
サトシは何も気にせず、おかずを平らげ、中華風スープを飲んで、
「御馳走さま」と言って、立ち上がった。
葉子は、それにニラが入っているのよ、と言いそうになったが止めた。
ただサトシを見上げてニコニコしていた。
サトシが帰った後、葉子は、
「大成功!『ニラと豆腐の卵とじ』!」と叫んだ。
これからこの料理をまかない料理の定番にしようと思うと、何やら嬉しくなって、ニンマリとした。当分はこれにニラが入っていることをサトシには言わないでおこうと思うのだった。
ニラ嫌いな子にニラ好きになってもらう「ニラと豆腐の卵とじ」 葉っぱちゃん @bluebird114
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます