勇者と賢者とすっぽんぽん女子高生の凱旋

タカテン

すっぽんぽん女子高生の嘆願

 王都に紙吹雪が舞う。

 華やかな音楽が鳴り響き、王宮へと向かう大通りは魔王を討伐した勇者様御一行を一目見ようと人でごった返していた。

 ついに訪れた平和に誰もが満面の笑みを浮かべている。

 ただその中にあって勇者グスタフの隣を歩く小野原真帆おのはら・まほだけは強張った表情をしては、羽織ったマントを胸と股間のあたりで頑なに握りしめていた。

 

「おいおいマホ、なにをそんなにブスっとしてるんだ? みんなに手のひとつぐらい振ってやれよ!」

「ちょっ、やめれ!」


 不意に右手をグスタフに掴まれ、一瞬胸元から手が離れた。

 前留めのない、ただ羽織るだけのマント。押さえる手が離れたら前がはだけてしまうのはごく自然の成り行きである。

 

「ヤバっ!」


 が、あわやという所で真帆はグスタフの手を振りほどき、再びローブをぎゅっと押さえつけた。

 

「ううーっ! いきなり何しやがるのさ、グスタフのアホー!!」

「えー、別にいいじゃんかよ! もう慣れっこだろ?」

「慣れてたまるかーっ! それに王都の人たちはあたしのことを知らないんだから、マントの下の状況を見たら驚くでしょーが!」

「……いや、多分、みんな知っていると思うぞい」


 真帆とグスタフのやりとりをニコニコと見つめていた賢者のホウ老師が、ひょいと空を舞う魔王討伐の号外を掴むと真帆に差し出す。

 

 そこには『勇者グスタフと賢者ホウ、すっぽんぽん女子高生・小野原真帆の力を借りて魔王を討伐す!』とでかでかと書かれていた。

 

 ☆ ☆ ☆

 

 勇者グスタフと賢者ホウ老師が召喚門を開いた時、真帆はまさに入浴中であった。

 

「おおーっ、レア物来たァァ! ナイス巨乳!! ナイスおっぱい!!」


 お風呂に入っていたはずなのにいきなり異世界に飛ばされ、ごてごてした装備に身を包むおっさんに突然裸を見られてしまった真帆は慌てて両手で胸と股間を隠す。


「グスタフ、おぬしは何を見ておるのじゃ!」


 そこへホウ老師が一喝した。

 

「この子はおっぱいよりもケツじゃ、ケツ! この子のケツはいいぞい!」


 いつの間に背後に回ったのか、偉そうな法衣を身に纏ったホウ老師が真帆のお尻に頬すりしながら涎を垂らしていた。

 

 ☆ ☆ ☆

 

「ホント、最低な旅だった……」


 マントの中に入れてくるホウ老師の手をぎゅっと捻って退散させると、真帆は旅を共にしたふたりを見ながら溜息をついた。

 本当に。本当に大変な旅だった!

 何が大変って、召喚された時に素っ裸だった為、職業クラスが『すっぽんぽん女子高生』という正気を疑うものだったからだ。

 仲間の士気を最大限にまであげるバフ能力と、超強力な特殊魔法使える代わりに一切の装備――それこそ服や下着すらも身に付けられないという過酷な職業(町の中でだけ前留めのないマントを羽織れるという恩情仕様)。いや、ホント、これ考えた奴、頭おかしい。

 

「そうかのぉ。ワシは楽しかったぞい」

「爺さんはいいよな、ケツフェチで。最後までバフ効果ビンビンだったし。俺はなんか途中からあんまりバフ乗らなくなっちゃったんだよなぁ」

「なんだとー! 戦闘中にあたしの裸をチラチラ見ていたくせにっ!」

「だってお前、おっぱいと股間を隠すのに疲れたのかは知らないけど『どうせ見られるんならモンスターたちの方がマシ』とか言って、途中から先頭を歩くようになったじゃん? 俺、おっぱいフェチなのにさ。前歩かれたらケツばっかで、おっぱいが見えないじゃん。だから戦闘中にマホをチラ見して、バフ乗せてたんだよ。なのにお前ったら俺が見てると分かると咄嗟におっぱい隠すんだもん。泣くぞ、俺」

「泣け! そして死ね!」

「それにさー、マホのせいで俺、性奴隷商人だって勘違いされたんだぜ? 酷くない? 俺、勇者なのに」

「それはあんたが嫌がるあたしをすっぽんぽんのまま町に入れたからでしょーが!」


 あの時は酷かった。

 さすがに裸のまま日中堂々と町に入るわけにはいかないので夜遅くなるまで待ったものの、それでも何人かの人に見られてぎょっとされた。そういうプレイだと思う人もいれば、グスタフの言うように性奴隷商人の売込みだと勘違いして値段交渉してくる人もいた。

 結局なんとか冒険者ギルド兼宿屋に辿り着き、そこのギルド長から「すっぽんぽん女子高生でも街の中ではローブが羽織れる」という情報を得て、その後の旅が幾分かましになったものだ。

 

「あと、マホってば、最後までヤらせてくんなかったし」

「誰がヤらせるかっ!」

「えー! 頑張って魔王を討伐したんだからさー。その日の夜に宿屋でお楽しみがあってもいいじゃんかよー!」

「魔王を倒したって、あんたはあんまり活躍しなかったじゃん!!」


 実はそうである。

 魔王城での最終決戦。玉座に乗り込んできた魔王は、しかし、その先頭を行く真帆のすっぽんぽん姿に激しく混乱した。

 まさかのラスボス戦で『マホ サプライズド マオウ』である。

 それで有利に戦いを進めた挙句、とどめを刺したのも真帆の必殺技・生尻ヒップアタックとあっては勇者グスタフ、ぐうの音も出ねぇ。

 

「しかしマホのヒップアタックで昇天した魔王はどこか幸せそうな表情をしておったのぉ。ワシも食らってみたいぞい」

「ヤダ! 絶対やらないっ! 乙女のお尻を何だと思ってるのさ、エロ爺さん!!」

「あ、だったら代わりにマホのおっぱい舐めさせて! 前から汗だくで揺れる横乳見て、舐めてみてぇと思ってたんだ!」

「何が代わりによ!?」

「あと実は俺、マホのちょっと大きめの乳輪、嫌いじゃない」

「死ね、バカ! マジで一度死んで来い!!」


 一発殴ってやりたいが、マントから手を離すと大惨事になるので真帆はガルルッと吠えて睨みつける。

 思えば召喚された時からずっとこんな調子の旅だった。 

 魔王を倒し、グスタフが名実ともに真の勇者となり、そして別れの時がもう間近に迫っているのに何も変わらない。

 ただ、それでいい、と真帆は思った。

 このパーティにしんみりとした雰囲気は似合わない。最後までエロで、おバカで、軽口を叩きあって別れるのが丁度いい。

 

 王宮が近づいてきた。もうすぐパレードも終わる。

 王様からは魔王を倒したご褒美をそれぞれが貰えることになっていて、真帆は元の世界への帰還を希望し受理されていた。

 なんだかんだで長い旅だったのだ、この世界に愛着がないわけではない。

 それでもさすがにすっぽんぽんでずっと生きていくのには無理がある。ここは帰るの一択だ。


 それをふたりは知っている。でも何も言わない。

 だけどそう、それでいいのだ。

 

「この度は魔王討伐おめでとうございます!」


 王宮の扉を守る門番が真帆たちを迎えて声を張り上げた。

 

「王様も大変お喜びになり、皆さまの凱旋を今か今かとお待ちになっておられます。さぁ、早く討伐のご報告を」


 深く頷き、珍しく真面目な顔をして王宮へ足を踏み出すグスタフ。

 その背中に真帆も続こうとした。

 その時。

 

「真帆様、王宮ではマントをお脱ぎください」

「は? え、でも」

「王宮ではマントは禁止となっております」

「え? ええええええええええええっ!?」

「と言うか、それがホウ様が希望された魔王を討伐したご褒美となっておりまして」


 申し訳なさそうに告げる門番の後ろで、ホウ老師が「ほっほっほ」とスケベ顔で笑っていた。

 

「エロジジイ! あんた、なんてことを!!」

「このまま別れるのもなんじゃ。最後にマホの豊満なお尻を見納めぐらいさせてもらわんとの」

「ぐぐぐぐぐぐぐ……」

「ちなみにグスタフ様が希望された褒美は、勇者様たちの銅像を街の中央に建てるというものでした。そういうわけですから元の世界へ戻る前にマホ様にもモデルになってもらう必要があります」

「なん……だと?」

「あっはっは。勿論、すっぽんぽんでだぞ、マホ。だってお前、すっぽんぽん女子高生だし!」

 

 ふたりが「いえーい」とハイタッチを交わす傍らで、わなわなと震える真帆。

 そんな彼女に門番が再度、マントを脱ぐように命じる。

 

「い、いやぁ、でもさすがに王様の前に素っ裸で出るのは失礼だなぁなんて思うんだけど……」

「大丈夫です。王も承知されておられます。むしろ楽しみすぎて昨夜から一睡もされておられません」

「遠足前夜の子供かっ!」


 なんでこの世界には変態しかないんだと嘆く真帆。

 その背後に素早くグスタフとホウ老師が移動し、マントへと手を掛ける。

 

 次の瞬間、王宮に真帆の叫び声が響き渡った。

 どうやらあともう少しだけ彼女の受難は続くようである。

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