六感少年と物書き少女

あさぎり椋

第1話

 殺人事件が起きるよりも前に、その犯人が分かってしまうとしたら。


「その第六感の噂って本当なの?」

「本当だよ」


 高校の教室で、どこか憂鬱そうに庄悟しょうごは答えた。一日最後のホームルームが終わってあとは帰るだけ、というタイミングだった。話しかけてきたクラスメイトの少女――千佳ちかは目を爛々と輝かせながら、「すごーい」と素直に彼を称賛する。

 彼女の質問通り、庄悟には第六感のような力がある。隠してはいない。特に親しくない千佳のようなクラスメイトに知られていても不思議ではなかった。

 ただ相手が誰であれ、この話題に触れられる時、庄悟は浮かない表情を隠しきれなかった。


「じゃ、本当に分かっちゃうんだ。犯人」

「まぁな」


 庄悟は机の中から一冊の小説を取り出した。最近、話題のミステリだ。

 彼はあらすじを語った。大富豪が所有する山荘に、十二人の男女が招かれる。一人、二人と次々に集まるゲスト達。歳も職業もバラバラ。交わされる会話の中で彼らの人となり、物語の背景が徐々に詳らかになっていく。

 しばらく遅れて、最後の一人が登場するのだが。


「いつもさ、この辺でピンと分かっちまうんだよな。犯人は――」

「待って待ってあたしまだ読んでない!」

「あ、あぁ悪い悪い」

「まったくもう。危うくあたしの心の中のネタバレ警察が銃を抜くとこだったわ」


 ちっちゃなポリスの出動に、庄悟は謝罪した。

 登場人物が全員登場した瞬間、犯行の全貌がピンと分かってしまう――それが彼の持つ第六感だった。探偵顔負けの推理力などでは無い。本当に、ただただ閃きで分かってしまうのだ。

 凄いことだ、と傍から見れば思うかも知れない。実際、目の前の少女もそう思っている。

 しかし、当事者にとってはどうだろう。


「まぁとにかく、俺の意思とか関係無いわけよ。犯人は誰だーとか、考えさせてもくれないわけ。羨ましいと思うか? つまんないだろ、こんなの」


 読者が知恵を絞り、作者が考えた犯人を当てる。それが出来ないのだから、こんな娯楽つぶしの第六感など邪魔でしかない。もちろん犯人当てがミステリの全てではないが、醍醐味の一つを味わえないことに違いはなく、結局は疎ましい。

 だが、対する彼女はニヤリと笑ってみせ、謎の原稿の束を手渡してくる。


「ではホームズくん、これを読みたまえ」

「誰が薬中探偵だ」

「あたしが書いたんだよね」


 プリントアウトされた内容を見るに、どうも小説らしい。そう言えばコイツ文芸部だったかな、と思い出す。中々ちょっとした量で、短編小説くらいはあるだろうか。


「これ全部読めってか? なんで俺が……」

「全部読む必要は無いでしょ。キミに限ってはさ」

「は?」

「ミステリなのよ、これ。まだ誰にも見せてないんだよね。キミ、読者第一号ってわけ」


 自作のミステリ。もちろん流通にも乗っていない、まだ彼女以外に誰もその内容を知らない一品。

 それはつまり、犯人を知っているのも彼女だけということ。


「……俺を試そうってか」

「そそ。その第六感が本当ってんなら、今パッと目の前で犯人当てられるでしょ?」


 ふふん、と自信ありげに鼻を鳴らす千佳。挑発的な態度は庄悟少年のプライドを刺激し、闘志に火をつけた。

 アマチュア小説を読むのは初めてだが、自分がミステリと認識している小説ならば、能力は適用されるはず。やったろう、と彼は原稿に視線を落とす。

 読み進めること、約五分。


「……犯人は弁護士の京極克彦。毒殺。密室の中での自殺に見せかけて、自分が海外出張してた間に死ぬよう仕向けた」


 明朗に告げ、サッと原稿を返してやる。

 冒頭で早くも登場人物が七人出てきた時点で、ピシィっと脳内に電流が走ったのだ。第六感――ミステリを読んでると来る、いつもの感覚。大工のおっさんでも、教師の女でもない。犯人は弁護士の男だ。

 あんぐりと口を開けた千佳の滑稽な様が、推理の成否を暗示していた。彼女は原稿をしまい、次の紙束を繰り出してきた。


「これはどうだ!」


 先生の次回作らしい。興が乗ってきたか、庄悟は楽しそうな笑みを浮かべながら再び原稿に視線を走らせる。


「犯人は、女車掌の宮田みゆきだ。時刻表トリックってやつ? 車掌しか知らない秘密の運行情報をアリバイに使ったのがアダになったな。凶器を電車の乗客にこっそり持たせて、そうと知らずに捨てさせちまうのは面白いわ」

「……マジか。キミ、鉄も詳しい?」


 次。


「すげぇ、SFっぽい。犯人は被害者のクローンの高口珊瑚。爆殺ってエグいな。実は死んだのがクローンの方だと思わせて、本人に成り代わろうとしたわけだ」

「……おう、動機まで」


 次。


「あー、ファンタジーでミステリってたまにあるよな。犯人は薬売りのスティルソン・キング。魔女の老婆を発火装置で焼殺して、知り合いの魔法使い達の誰かの仕業に見せたんだ。俺は魔法使えないから犯人じゃないってな」

「……なるほどなるほど」


 こうしていくつか読んで――ほとんど冒頭だけとはいえ――分かったのだが、非常に面白い。トリックが多様で、舞台設定もバリエーションに富んでいて飽きさせない。手を変え品を変えの迷走ではなく、全てきちんと勉強して書かれたことが伺える。

 全体を読むと粗も見えてくるのだろうが、高校生でこの文章力なら、プロも目指せるのではないか。庄悟はすっかりハマっていた。

 誇張抜きでベタ褒めしようと、原稿から彼女の方をバッと見やると――品定めするような、真剣な眼差しに射抜かれた。


「そうかそうか、この小説はそういうことだったんだねぇ」

「ん? お前が書いたんだろ?」


 そう言うと彼女は目を泳がせ、一瞬、言葉に窮したようだった。


「あ、いや。他人に読んでもらうと見えてくることもあるっていうかね。いやー。にしても第六感ってマジであるんだね」

「信じてもらえて何より。他にはもう無いのか?」

「あのねぇ。そうやって触りだけ読んでぼんがぼんが当てられたら商売あがったりなんですよ。あたしとキミしか内容知らないんだよ」

「大丈夫だって、オチ言いふらしたりしねぇから。つーか後で続き読ませてくれ。マジで全部面白そうだったわ」


 庄悟は心の底からそう思った。本当に面白い小説はネタバレを知っていても面白いと言うが、彼女の著作は全てがまさにそうだった。もっと読みたいという欲が抑えられない。

 が、なぜか対する彼女はどこか複雑そうな様子だった。続きを欲することがそのまま賛辞のつもりだったが、迷惑だったろうか。


「ダメか? 続き」

「そういうわけじゃなくて。ただ、読ませられない理由があってね」

「というと?」

「うーん、これがまたやんごとなきことでして」


 千佳はバツが悪そうにあははと笑い、一番最初に読んだ原稿を再び手渡してきた。まだ目を通していない、おそらくエピローグとか終章に当たるであろう最後のページを読むように促してくる。

 犯人が暴かれ、その後にまだ何かどんでん返しがあるのか。期待に胸を膨らませて原稿を読み――

 庄悟は、呆気にとられた。




 数日後。

 教室で千佳は自分のスマホを見つめ、隣から庄悟も画面を覗き込んでいる。


「い、行くよ……」

「おう」


 千佳は、震える指先でスマホをタッチした。

 そうして画面に表示された数々の情報を目にすると、パァッと輝いた表情で両手を天に突き上げた。


「いよっしゃああああ!」

「おぉ、すげぇじゃん」


 庄悟も思わず感嘆の声を上げる。

 二人が見ていたのは、千佳が自作を細々と上げていた、ネット上で大人気の小説投稿サイト。

 そこに投稿された彼女の作品の情報欄が、二人のテンションを大いに上げていた。


「PV数、ポイント、ブクマ! 数字が輝いて見えるよ庄悟くん!」

「やったな。お前の文才の賜物だよ」

「いやいや、庄悟くんがいなきゃここまでやれなかったよ!」


 庄悟は千佳に第六感を試された、あの日を思い出す。あのとき読んだ小説をブラッシュアップしたものをネット公開した結果、千佳はそれまで鳴かず飛ばずだったのが嘘のように、週間ランキングの上位にまで躍り出てしまっていた。


 あの時――


 キャラクター、舞台設定に世界観などは固まっていたし、冒頭部分も続きが気になる程度には出来上がっていた。

 だがミステリに最も肝心なもの――すなわち事件の詳細な内容と殺人トリックが、まるで思い浮かんでいなかった。肉料理を作ろうと決め、調味料と付け合せまで揃えて、何の肉をどう料理するかが決まってないような状態。


 そこで庄悟だ。彼の第六感の噂を知り、千佳は彼に自作の序章部分を読ませた。それによって、庄悟は、図らずも彼女の小説を完成に導いてしまったのだ。

 つまりは、このミステリは二人の合作。千佳は庄悟を利用したことを謝罪し、改めて共同作業を持ちかけたのだった。


「やばい、承認欲求めっちゃ潤ってるよう」

「泣くな。まだ早いだろ」


 庄悟の第六感。それをそのまま流用するのではなく、より手直しして自己流にアレンジし、本文に落とし込んだ上で数万字を書き上げる千佳の文章力。それらが結実した大成果だ。


「次回作は決まってるのか、先生」

「うん、次はあのファンタジーのやつ」

「俺の第六感……こんな形で役立つとはな」


 疎ましく思っていたものが、今はあって良かったと思えていた。

 二人がネット小説界に一陣の旋風を巻き起こす日も、そう遠くないのかもしれない。

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六感少年と物書き少女 あさぎり椋 @amado64

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