幽かな私は嫌いですか……?
黒猫(ながしょー)
プロローグ
日中が程よい気温になってきた四月。
俺、松陰寺翔は引っ越しの作業に追われていた。
大学進学を機に実家から少し離れた地で新しい生活を始める。憧れで念願だった一人暮らし……自由かつ有意義にこれからを過ごせると思うだけで胸が高鳴り、テンションが上がってしまう。
高校生までの自分はいわゆる隠キャに属していたから、心機一転して充実した大学生活を送れたらいいなぁとは思っているけど……それにしてもやっぱりこのアパートボロすぎないか?
訳あり格安物件として不動産屋で紹介され、あまりの家賃の安さに契約してしまったのだが、築六十年という滅多に見ない老物件。
しかも、木造二階建ての六部屋あるにも関わらず、ここに住んでいる人は俺以外誰一人としていない。それも“訳あり”が原因なのだが、どうやら以前、このアパートで殺人事件が起こったようでそれからというもの怪奇現象が多発しているとか。そのせいでいろいろな噂が広がり、結果的に十年くらい前から誰も住まなくなったようだ。
――まぁ、家賃千円だし、その辺の事情は仕方ないよなぁ……。
貧乏大学生(仮)には、“訳あり”とか関係ない。とりあえず、寝床さえ確保できればいいからな。
不動産屋にはさんざんと「本当にこの物件でいいんですか!?」と問い詰められたが、いちいち“訳あり”を気にしてられるかっつーの。
ひと通り、部屋の中に荷物を運び終え、荷解きに取り掛かる。
「翔、私も手伝おうか?」
「いや、いいよ親父。それよりこの後、仕事があるんだろ? 早く戻った方がいいんじゃないか?」
「それもそうだな……。わかった。じゃあ、くれぐれも気をつけるんだぞ?」
親父はそう言うと、部屋から出ていってしまった。
誰もいなくなった室内はシーンと静まりかえっている。
まだ昼の一時だというのに心なしか寒気すら感じた。日当たりはいいはずなのに……。
「……いや、それよりも早く部屋ん中を片付けないとな!」
部屋は六畳一間の和室に台所とトイレ、風呂が一緒になった二階の一番端っこだ。部屋番号で言うなら二◯一号室。
俺は積み上げられた段ボール箱を一つずつ開けながら、中身を確認していく。
他に住人がいないことに少し寂しさを感じなくもないが、逆にうるさくしても近所からのクレームが来ないというメリットもある。まぁ、そうそう騒音を立てるわけでもないんだが。
「ふふふ……やぁ〜っと新しい住人が来てくれたぁ」
☆
日付が変わり、午前二時。
食事や風呂などを済ませた俺は、布団の中で深い眠りについていた。
昨日は一日中引っ越しの作業に追われて、めちゃくちゃ疲れた。そのおかげもあってか、午後九時くらいには睡魔に襲われ、すぐに寝つくことができたのだが……何やら台所の方からガサガサと音がする。
俺は思わず目を覚まし、音がする方へ視線を向けると……冷蔵庫が開いていた。
――閉め忘れたか……?
そんなはずはないとは思いつつも、とりあえず台所の方へと向かう。
「……ん?」
すると、そこには白い何かがいた。
冷蔵庫の中身を漁りながら、夕飯で残ってしまったおかずを貪っている……?
白い何かは俺の存在に気づくことなく、時折のどにでも詰まらせたのか、「ゲホゲホッ……」と咳までしていた。
「あ、あの……」
俺はこの状況に対してどう反応すればいいのかわからず、ひとまず声をかける。
白い何かは一瞬ビクンッと肩を飛び上がらせると、思い出したかのようにこちらへと振り返る。
「う、うらめしやぁ〜……」
女子高生くらいだろうか? 長い艶やかな黒髪をしていて、目は丸っぽくて非常に顔が整っている。正直、可愛い。
「……」
「うっ……おばけだぞぉ〜!」
「……」
「が、ガオォ〜……って、なんで怖がらないのっ!?」
最終的には幽霊の方が涙目になっていた。
てか、自分でおばけとか言うかよ……。
俺はあらかじめ用意していた盛り塩を彼女の周りに置きまくる。
「うぅ……も、もう許してください……」
冷蔵庫に背を預けながら、体育座りをしている幽霊が泣いていた。
俺はその目の前にあぐらをかきながら、手には数珠を持っている。
実はと言うと、俺の実家は寺だ。だから、“訳あり”物件と聞いても、さほど怖がることはない。こういうことにはさんざん慣れてきたしな。
「さて、これからどうしようかなぁ〜……」
「ひっ‥…?!」
思わず口角が吊り上がってしまい、幽霊が逆に怯えた悲鳴を上げていた。
こいつを一刻も成仏させたい……ところなのだが、そう上手くはいかないんだよなぁ。強制成仏という手段もなくはないが、それはあくまで悪霊化した場合のみ。目の前にいる子は見た限りでは悪霊でもなければ、おそらくこのアパートに縛られた地縛霊というところだろう。
俺はため息を吐くと、彼女について質問を始めた。
「さっきのことはともかくとして、君の名前は?」
「あ、えーっと、それがわからないんです……」
「え?」
「気がつけば、この姿だったと言いますか……自分がこの世の者ではないということは認識してはいるんですけど、生前の記憶がないんです……」
なるほど……。たしかにそういう霊もいなくはない。生前に強いショックを受けたがために、記憶を忘却しているということはよくある話だ。無理に思いださせれば、最悪悪霊になりかねない。
「わかった。じゃあ、君の名前は霊奈にしよう。名前があった方が呼びやすいだろ?」
すると、霊奈はどのくらいか目を瞬いたのち、小さく「はい……」と返事をする。
「もしかして、嫌、だったか? それなら、また別の名前を――」
「い、いえっ! そうじゃないんです! 名前をもらえたことが嬉しくて……」
霊奈は本当に嬉しそうな表情をして、淡い笑みを見せてくれた。
俺はその仕草にドキッとしつつも、霊奈の周りに置いた盛り塩を取り除いていく。
「……え?」
「こ、これから一緒に住んでいく間柄だからな。霊奈が成仏できるまで……よろしく」
「……はい。こちらこそ不束者ですが、よろしくお願いします!」
こうして、幽霊との同居生活が始まった。この六畳一間の部屋で……。
幽かな私は嫌いですか……? 黒猫(ながしょー) @nagashou717
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