骨拾いのジーン~封印迷宮都市シルメイズ物語~

荒木シオン

迷宮で死ねばどんな英雄もだたの財宝である

 封印迷宮都市ふういんめいきゅうとしシルメイズ。その街の中心、地下深くへと続く大迷宮には日々、多くの探索者たんさくしゃが様々な思いを胸にいどんでいく……。


 一匹狼のごと単身ソロもぐる者、気の合う仲間たちとパーティを組む者、または複数のパーティをまとめたクランを起ち上げ組織的そしきてき大規模攻略だいきぼこうりゃくを目指す者。

 探索者の数だけ封印迷宮との関わり方があり、そこに目的がある……。


 ボクもそんな探索者の一人なのだけど、今日は陽も昇らぬ早朝から所属するクランに呼び出しをくらった……。

 急な招集しょうしゅうに寝ぼけ眼をこすりながら不承不承ふしょうぶしょうでクランハウスを訪ねてみれば、エントランスには同じように集められたであろう同僚がザッと数十人。

 

 軽く挨拶をしつつ、この珍しい状況に困惑こんわくしていると、


諸君しょくん! 数年ぶりの稼ぎ時! フィーバータイムだ!!」


 エントランスからびる両階段りょうかいだん。その交差する踊り場に現れた黒髪の少女が、こちらを見下ろしながら笑顔で声を張り上げる。

 彼女の名はエレナ。我らがクラン『馬の骨』をひきいるうるわしきマスターだ。


 さておき、その口からかたられた、こんな時間の招集理由は実に単純だった。

 要約ようやくすると、封印迷宮シルメイズ、その表層ひょうそうで探索者が大勢死んでるっぽいから、同業者に出し抜かれる前に急いで回収してこい……これである。


 そう、なにを隠そうクラン『馬の骨』は迷宮で力尽きた探索者を持ち帰り、その遺体および身に着けている装備や金品を回収後、売却することを生業なりわいとしている……。

 つまり、探索者たちが言うところの『骨拾ほねひろい』専門の組織なのであった。


 しかし、この人員数にクランマスターの浮かれよう……表層は余程よほどひどい状況になっているのではなかろうか?


 周囲の話し声に耳をそばだてると、原因はどうやらここ一月ひとつきほど表層を荒らし回っていたモグリの探索者、通称つうしょう赤頭巾あかずきんにあるらしい……迷惑なヤツもいたものだ。


 で、マスターの話というか演説が終わり、じゃあ、元気に仕事へ行きますかー、と各々おのおのクランハウスをあとにし始めるのだが、


「あぁ、ジーン! キミは別件があるから、執務室に!」


 なぜか呼び止められた……。嫌な予感がする。


 ★     ★     ★


 結果は大当たり。悪いかんほどわたるのはいかがなものか……。

 ボクに下されたオーダーは同じ骨拾いでも、表層ではなくその下、上層じょうそうと言われるもう少し深い場所での仕事だった。


 人員や物資は好きに手配して良いから! と軍資金としてずっしり重い大金の詰まった革袋を渡されたわけだが、ボクの気はそれ以上に重い……。


 だって、上層である……探索における生還率せいかんりつは表層が九割後半、死んだら運が悪いか、そもそも実力不足の自己責任。

 けれど、上層になるとそれがガクッと落ちて、いどんだ探索者の半数以上が下手をすると帰ってこない……。つまり、非常にヤバい場所なのである。


 そんな死地しちおもむき死体を回収するとか、正気の沙汰さたとは思えないが、仕事なのだからしかたがない……。


 というわけで、ボクは今、少しでも生還率を上げるために娼館しょうかんどうりへ足を運んでいる。

 ことわっておくが、今生こんじょうの思い出づくりに軍資金を使って綺麗きれいなお姉さんと遊ぶためではない。というかそんな趣味はない。


 ここを訪れた理由は、


相変あいかわらずおさかんだな、馬鹿兎ばかうさぎ!」


 とある娼館の一室、男女の行為が行われているであろうそこへドアを蹴破けやぶるようにして押し入ると、兎耳うさぎみみの男がエルフの女性にベッドで愛をささやいていた。


「おっと、珍しいお客様だ。ジーン、うるわしの君がいつ来ようと私は大歓迎だけどね、もう少し時と場所を考えるべきだと思うよ?」


 ボクに微笑ほほえみながらそう言うと兎耳の男、兎人ラビットマンのラビは半裸はんらのエルフ女性を落ち着いた様子で部屋から退出させる。


「うっさい。キミは娼館に暮らしてるみたいなもんなんだから、選ぶ時と場所なんてないだろ!」


 あきれた様子で行動をたしなめられたので、ついカッとなって言い返すと、


「ジーンが私の元に来てくれたらこんななぐさめはいらないんだけどね……」


 こちらへ熱をおびびた視線を向け、非常に気持ち悪い台詞せりふいてくる。


「ボクにそんな趣味はない! あとついに見境みさかいがなくなったか、この色情兎しきじょううさぎ!」


「いやいや、ジーン? キミは否定するけれど、その綺麗きれいなブロンドの髪、あおき通ったひとみ、触れれば折れてしまいそうな繊細せんさい四肢しし、男と信じるほうがどうかしていると思うけどね? どうだい? 一度、私の前で裸になってみないかい?」


「よしっ、分かった。今この場でキミを殺そう」


 仕事に必要な人材だが、なに、多少高くても他を当たれば代わりが見つからないこともない……はずだ。

 そう決意してふところ得物えものへ手をばすが、


冗談じょうだん、冗談だよ、ジーン。それにしても随分すいぶん無粋ぶすいな品を手に入れたね。迷宮出土品めいきゅうしゅつどひんかな? こんな凶器きょうきより一輪の花のほうが似合うと思うけどね……」


 いつの間かボクの背後へ回り込み、その手には抜きはなとうとした漆黒しっこく魔導銃まどうじゅうにぎられている……。コイツは、本当に……ムカつく!


「うっさい! 返せ! あと協力する気があるなら話を聞け!」


「あぁ、いいとも。ジーンの隣を歩めるなら私はどこへでもともに行くよ」


 気障きざったらしい笑みを浮かべ、歯の浮くような台詞を口にするラビ。

 はっ、聞いたあとで後悔こうかいして逃げようと思っても遅いんだからな……。


 ★     ★     ★


 数分後、仕事の内容を聞き終えるとあんじょう、ラビは非常に険しい表情になった。


「うん……ジーンはいつも難しい案件を持ってくるね。なんだい? これは私を試しているのかな? 実は愛の試練というヤツなのかい?」


「っんなわけねー。あと冗談を言ってると今回はガチで死ぬから……」


「だろうね……。はぁ、けれど、ジーンと一緒にけるのならある意味本望ほんもうかな」


「いや、そこはボクを守れよ。あの世へはキミ一人で行くといい」


「そして、私はジーンの心の中で生き続けると……おや、それはそれで悪くない」


 なんて本気で思っているらしいラビの嬉しそうな表情にめ息をつき、仕事の計画をっていると、


「お~う、邪魔じゃまするぜぇ~。みょうな場所に呼ばれてジーンもついに気が狂ったかと思えば、なんでい兎のヤツも一緒かよ、道理どうりで」


 半分外れて開けっぱなしのドアから赤いうろこ蜥蜴人リザードマンが入ってくる。その瞬間、


「なっ?! なんでチェルトラがここに来るんだい?!」


 ラビが目を見開き、驚いた様子で叫ぶ。


「うっさい。ボクがさっき呼んだ。お疲れ、チェルトラ、悪いね」


「なんのなんの、ジーンの頼みならどうってことないが、上層に行くってマジか?」


「マジもマジ。大マジ……生きて帰ったらエレナに絶対文句を言うね」


「カッカッカッ! そらそうだわなぁ~」


 肩をすくあきらめたようにおどけると、なにが楽しいのか蜥蜴人の男、チェルトラは盛大に笑って同意する。


 さて、これでメンバーがそろった。

 あとは運を天に任せるのみだ。まぁ、生憎あいにくと祈る神は持ち合わせていないけど……。


 ★     ★     ★


 そうして準備を調ととのえたボクたち三人は、上層までの道のりが比較的安全な西口を利用し、封印迷宮シルメイズへと足を踏み入れた。

 目指すは第四十六階層・SEの第二区画。南口を使うより遠回りになるけれど、急がば回れ。まずは安全第一に……。


 ほのかな薄緑色うすみどりいろの光に照らされる洞窟どうくつ、表層を下へ下へと向かうこと数時間。

 ボクたちはようやく上層へと辿たどく。目の前に広がる世界は先ほどまでの洞窟とは打って変わり、未知の植物が鬱蒼うっそうしげる大森林。


 そして、これが上層からの生還率がいちじるしく下がる理由の一端いったんだ。

 どういう仕掛けなのか不明だが、迷宮の構造というか環境が上層からは一気に変化する。

 この森林などはまだいいほうで、場所によっては一面火の海だったり、酸の雨が降ってきたりするところもあるらしい。


 さておき、ここまでで幸運だったのは迷宮生物にほぼ遭遇そうぐうしなかった点だろう。

 おかげで体力やら物資など色々なものが大幅に節約できた。

 表層を中心に活動している探索者は気の毒だが、ボクたちにとっては良いことくめだ。くだんの赤頭巾様々である。

 

 で、さらに幸運なことになんと目当ての探索者らしき遺体が早々に発見された。

 白を基調としすそなどを青や金色の布でいろどった神官服に身を包んだ女性である。

 大森林の入口、その木の根元に腰を下ろし、まるで一休みでもするかのように力尽ちからつきた様子だった。

 

 その姿とそばに転がっている精緻せいち象嵌ぞうがんほどこされた杖から察するに、それなりの地位と実力があった人なのかもしれない……。

 死後数日経っている感じだが、迷宮生物に荒らされていないので、最期さいごの力をしぼって魔除まよけの結界けっかいでも張ったのだろう。


「そんじゃ、まぁ……解体しますか」


 だが、どんな神につかえていようと、こんな場所で死んでしまえば、それはもう迷宮の財宝、恩恵おんけいである……。

 彼女の目的がなんだったのかは知らないが、迷宮に関わらなければ死後は安息の眠りにつけただろうに……。


「サクッと終わらせるから、その間の警戒よろしく」


「あぁ、大船に乗ったつもりで安心して作業するといい」


「ジーンは本当、きもわってんなぁー」


 微笑ほほえむラビに苦笑くしょうするチェルトラ。

 この二人がいれば、上層の迷宮生物にもおくれを取ることはない。

 五感しか持ち得ない私のような只人種ただびとしゅと違い、いわゆる獣人種じゅうじんしゅの二人は第六感とも言えるような感覚を持っている……。

 

 そんな彼らに周辺警備を任せつつ、遺体から衣服やその他装備をぎ取り、手早く五体ごたいをバラしたら、専用の収納系魔術式がほどこされた箱へ各部を仕舞しまう。

 最後に聖水せいすいで両手と周囲、使用した刃物をきよめたら作業完了である……。


 うん……今回は別に嫌な感じもしないし、このまま何事もなく撤収てっしゅうできそうだ。

 前に同じような仕事をったときは非常にヤバかった……。それ以来、ボクは仕事時、絶対に清めの聖水を携行けいこうしている。


 他の探索者たちが安易あんいに『骨拾い』へ手を染めないのも案外、その辺りが理由なのかもしれない……。まぁ、中には全てを気にしない図太ずぶとやからもいるにはいるが……。


 こうして仕事を終えたボクらは地上へ戻るのだった……。


 ……to be continued?

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