主人公の友人ポジションはつらいよ
カユウ
第1話
今月に入って四度目の呼び出しチャットを受け取ったのは、俺は高校の食堂でかつ丼を食べているときだった。スマホの画面に映った差出人の名前に見覚えはないが、女性名である。これはほぼ100%いつものやつだ。
「放課後に視聴覚室、ね。えっと、比呂は今日サッカー部だから、その時間は校庭か。万が一にもみられるわけにはいかないからな」
口に入れたカツ丼をよく噛んでから飲み込む。手早く食べ終えると、食器を下げて席を空ける。昼休み後半を狙ってくる人のため、食堂には長居しないのが暗黙の了解になっている。
「あ、幸太。ちょうどいいところに。自販機であたりが出たんだけど、炭酸コーヒーなんだよね。一本もらってくれない?」
食堂を出たところで声をかけてきたのは、
「おっけー。何か飲みたいと思ってたから助かったわ」
差し出されたペットボトルを受け取って礼をいう。さっそくペットボトルのふたをあけ、一口飲む。コーヒーなのに炭酸のシュワシュワした感じが口の中を刺激する。俺は結構好きなんだが、苦手な人は苦手な飲み物だ。
「そういや比呂、今日サッカー部だったろ?おばさんから頼まれた食材の買い出しは俺のほうでやっとくよ」
「あ、部活だったの忘れてた。すまん、恩に着る」
「いいっていいって。むしろいつも晩ご飯作ってもらってるから、ありがたいよ」
俺が高校に入ったタイミングで親父の海外転勤が決まり、おふくろも同行することに。姉はすでに独立し、息子の俺はせっかく受かった高校だからと家に残ることにしたのだ。一人暮らしといえば聞こえはいいが、調理が苦手な俺。しばらくはスーパーの総菜を買って食べていたのだが、それを比呂の母親であるおばさんに見つかってしまった。それ以来、ほぼ毎日のように比呂の家に行き、晩ご飯をごちそうになっている。
比呂と話しながら教室に戻ったところで、比呂は女子たちに囲まれていった。イケメン比呂の周りは女性ばかりなのは、昔からだ。比呂のスポーツ万能っぷりには男子も食いつくのだが、女子たちの視線に耐え切れずすぐに離れていってしまう。こうして高校生になっても比呂の近くにいる男友達は俺くらいなもんだ。
午後の授業を乗り越えて放課後。視聴覚室に入って、呼び出した人物を待つことしばし。緊張から目を伏せて、ゆっくりとこちらに歩いてくる女子生徒。首元のリボンの色からして一年生か。
「あ、あの、藤谷さんですか!?」
「そうですよ。佐々木さん、かな?」
「は、はい!……あの、これ……これを、秀岡、先輩に、渡していただけますか?」
俺を呼び出した佐々木という女子生徒は、手にしていた淡いピンクの封筒をおずおずと差し出す。これがいつものこと。比呂へのラブレターのメッセンジャー依頼だ。
「ええ、比呂に渡しますよ。ただし、返事がくるとは思わないでくださいね」
女子生徒から封筒を受け取りつつ、いつも通りの注意を伝える。女子生徒は何度も首を縦に振ると、足早に視聴覚室を出ていった。俺と二人きりのところを、比呂に見られるわけにはいかないからね。
こうして受け取ったラブレターだが、比呂は受け取らない。俺をメッセンジャーにしたラブレターは絶対に受け取らないのだ。思いのこもったものだからと伝えたのだが、幼馴染である俺をメッセンジャー扱いするのが許せないのだと言う。しかし、クラスの女子たちが鉄壁のガードで他クラスの女子からのアプローチを妨害している状況で、なんとか思いを伝えたいという彼女たちの苦肉の手段が、俺をメッセンジャーにすることなのだ。比呂と女子たちの板挟みになっている俺の身にもなってほしい。
「さて、今日は終わり。食材を買いに行かねば」
そう独り言ちると、俺も視聴覚室をあとにし、帰路につく。
ある月曜日、教室に入ったとたん、空気がピリピリしているのに気がついた。誰か何かやったのかと思ったが、ざっと教室を見回しても慌てている雰囲気はない。黒板もきれいなままだ。比呂は気づいていないように窓際の自分の席へと歩いていく。今さら感があるが、比呂を見習って俺も普段通りを心がけて自席に座った。
午前中の授業が終わりに近づくにつれ、ピリピリした空気が高まっていくのを感じた。なんとなく視線を感じる気がする。俺が何かやらかしたのだろうか。思い当たることは何もないのだが。
「藤谷くん、ちょっといい?」
午前中最後の授業が終わり、教師が出て行ってすぐ。食堂に行こうと教室を出たところで、クラスカーストの上位にいる女子たちに囲まれてしまった。教室の中にいる女子たちからも視線を向けられているのを感じる。比呂はというと、競争のはげしい購買にいくため、チャイムとほぼ同時に教室を飛び出しているので身代わりにできない。
「なに?食堂、行きたいんだけど」
「おととい、比呂くんと一緒に歩いていた女はだれ?」
「は?知らないよ。おとといって土曜日だろ。いくらなんでも土日まで一緒にいないし」
ギラギラした目で、詰め寄ってくる女子たち。とりあえずすっとぼけておく。
「比呂くんと腕くんで歩いてたのよ!比呂くんと!腕を!くんでたの!!」
すっとぼけたのがよくなかったらしい。何かのスイッチを押してしまったようだ。血の涙を流さんばかりに興奮する女子たちに身の危険を感じてきた。ここは三十六計逃げるに如かず。
「じゃ、俺は食堂行くんで」
さっと後ろを向いて、一目散にダッシュ。無駄に入り組んだ校舎のせいで、こっちからだと食堂がめっちゃ遠いんだよな。
「あ、待て!逃げるな!!」
「藤谷が逃げた!みんな、手伝って!」
まさか逃げると思っていなかったのだろう。虚をつけたらしく、初動が遅れまくった女子たちが追いかけてくる。しかも、教室に残っていた女子たちに手伝いを求める声も聞こえてくるおまけつき。
階段を飛び降り、廊下を走り抜け、別の階段を駆け上がる。しかし、敵も背は腹に変えられなかったようで、他のクラスの女子たちも動かして追い詰めてくる。
「やべっ、この先行き止まりだった」
まるで猟犬に追い立てられるイノシシのように行き止まりの廊下に誘導されてしまった。ただでさえテンションがおかしいのに、こんな興奮状態でつかまったら何されるかわからない。学校の中にいるはずなのに、自分が五体満足で家に帰れるか不安になってきた。
万事休すか、と思ったとき、少し先にあるドアが開いて、すっと手が出てくる。つい身構えてしまったが、出てきた手はこちらにむかって手招きをしてきた。罠か。助けか。後ろからバタバタと廊下を走ってくる音が聞こえる。罠だとしても、なぜ手招きするんだ。このまま廊下の端まで追い詰めたほうが楽だろう。どうする。どっちだ。
「ええい、ままよ」
自分の第六感を信じて、手招きに応じることにした。足音を極力殺し、あいたドアの中に身をすべりこませる。鼻につんとくる消毒液のにおい。ベッドと天井から伸びるカーテンを見て、すべりこんだのは保健室だったことに気づく。
「こっち。急いで」
手招きしていたのは、三年生の女子生徒だった。三年生の先輩は、俺の手をつかむとベッドに向かって歩いていく。つられて俺も歩いていくとベッドに入るよう促される。
「もうちょっと下よ。頭まで布団の中に入れるように」
先輩の指示通りにすると、先輩もベッドに入ってきた。
「え、ちょっと待……」
「しっ、しずかに。助けてあげるから」
唇に人差し指を当て、ウィンクをする先輩に小さくうなずきを見せ、ベッドの中で固まる。
廊下をバタバタと走ってきた女子たちは口々に俺がいないことをののしっている。聞きたくなかった声を聞いていると、保健室のドアがノックされ、数人の女子が入ってくる音が聞こえた。
「体調悪いところ、すみません。ここに藤谷くん、じゃなくて男子生徒が入ってきませんでしたか?」
さっきまで俺をののしっていたクラスカースト上位の女子の一人が、先輩に声をかける。
「いいえ、あなたたち以外は誰も入ってきていないわよ」
「そうですか。わかりました。……失礼しました」
女子たちは先輩に礼を言い、保健室を出ていった。
「行ったわよ」
先輩の言葉に、俺はベッドから転がり落ちる。
「ってぇ……先輩、ありがとうございました。助かりました」
腰をさすりつつ、先輩に礼を言う。
「どういたしまして、藤谷幸太くん」
「え?」
ベッドの上で体を起こした先輩の顔をまじまじと見てしまう。
「ふふっ。わたしは、大山楓。リボンでわかると思うけど三年生よ」
両手でリボンを持ち上げてみせてくれる大山先輩。
「ねぇ、明日の昼休み、予定ある?ないなら、わたしといっしょに屋上で食べない?」
「あ、はい。特に予定はないですけど」
「決まりね。明日のお昼に、かくまった理由も教えてあげるわ」
かくまった理由を聞いてみたかったが、大山先輩は口を割ってくれないだろう。ほんの少ししか会話していないが、なんとなく大山先輩の性格がわかった気がした。
連絡先を交換し、チャットができることを確認。それから二言三言会話をして、俺は保健室をあとにした。
さて、明日のお昼、何を要求されることやら。俺は想定問答を考えつつ、帰路についた。
主人公の友人ポジションはつらいよ カユウ @kayuu
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